『悪いものが、来ませんように』
緊迫感あふれる二人の関係から目を逸らせない。――作家 小野不由美
助産院の事務に勤めながら、紗英は自身の不妊と夫の浮気に悩んでいた。誰にも相談できない彼女の唯一の心の拠り所は、子供の頃から最も近しい存在の奈津子だった。そして育児中の奈津子も母や夫と理解し合えず、社会にもなじめず紗英を心の支えにしていた。二人の強い異常なまでの密着が恐ろしい事件を呼ぶ。紗英の夫が他殺体で見つかったのだ。これをきっかけに二人の関係は大きく変わっていく!
一気読みが止まらない、そして驚愕のラスト! 「絶対もう一度読み返したくなる!」「震えるような読後感!」と絶賛された傑作心理サスペンス!(解説:藤田香織)
作家の芦沢央さんについて。
① ペンネームの由来は、辻村深月の小説『凍りのくじら』
芦沢央というペンネームの「芦沢」は、辻村深月の小説『凍りのくじら』の主人公「芦沢理帆子」にちなんでいる。辻村深月は芦沢央の**大学の先輩(千葉大学)**であり、作家としても強く影響を受けている存在。
② 目標とする作家はスティーヴン・キング
芦沢は、スティーヴン・キングを作家としての目標に掲げている。特にキングの「普通の人間が少しずつ壊れていく描写」や「日常に潜む恐怖」を重視しており、自身の作品にもその影響が見られる(例:『火のないところに煙は』など)。
③ 感銘を受けた作品は、小野不由美『十二国記』シリーズ
特に『十二国記』シリーズからは、人間の成長・運命・葛藤というテーマを学び、芦沢作品の核にもつながっている。物語構造の巧みさにも影響を受けたとされる。
④ デビュー作は『罪の余白』(2012年)
編集者に原稿を持ち込んで商業出版された経緯があり、新人賞受賞によるデビューではない。同作は心理ミステリーとして高評価を受け、映画化もされた(主演:内野聖陽)。
⑤ 演劇部での経験が執筆スタイルに影響
大学時代、演劇部で脚本や演出を担当していた経験がある。登場人物の心理描写や会話劇の巧さ、映像的な展開力にその経験が生かされている。
「あれっ」と思うような違和感。核心まで迫るほどではないぼんやりとした感覚が余韻として響く。
そんなことを思いながら、自分の中の、物語としての線を繋いでいく。
形式として存在する、インタビューのようなそれぞれの視点と、意味深に章立てて進んでいく物語。
中盤まで読んだ時、「これはもしや犯人が明示されない視点で物語が収束していくのでは」という意味深な問も虚しく、予想外の展開に頭の整理が追いつかない。
終盤での畳み込み、エピローグで結びつく丁寧さがその帰結をしっかりと結ぶわけですが、ラストまでの起伏、終わったと思っていたらまだこの先があるのかと思わせてくれるような読後のヤラれた感。
何が驚きって、終盤での回収による感情の余韻というものが、こうもまざまざとひっくり返されるのかということ。
人間の感情というのはともすれば一時のものであり、ゆえに間違った方向や視点に陥ってしまう。
けれど、そこまでの過程をつぶさに観察し、丁寧に咀嚼すれば、本来の真の姿というものもまた見える。盲目的な自身すらを諭す帰結。
ミステリーというものが”謎を中心に物語が展開するジャンル”と定義した時、本著を読むと、謎というものの不可思議さ以上に、人間たるものの不思議であったり、感情、感覚というものの不思議に囚われることになる。
面白いのが、本質はそうしたミステリー、であるにもかかわらず、主戦場に現代的な問題の論旨、社会的な構造、このような一般社会に蔓延る核心的な問題にまでフォーカスし、それと交錯するような形で、本筋が展開されていく。
家族って何なんだろう、親って何なんだろう、知人は、友人は、そもそも自分って。
こうした誰しもに当たり前にある現実から俯瞰した形で、全体像を見据え、その上でインタビュー形式という主観的な視点から語られていく。
ミステリーであれば、大抵、このような展開というものが薄っすらとでも想像はつくものですが、本作における謎というのは先に書いた通り、謎以上に謎めいているところが重要になってくる。
なるほどなと思わせる起承転結も含め、構成と世相を程よくブレンドした至極の作品。
では。