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『アーセナルvsバーンリー』観戦記:審判の目すら置き去りにした、美しき蹂躙の90分

『アーセナルvsバーンリー』

Watch a full match replay from our Burnley win | Video | News | Arsenal.com

14エゼのワンタッチ冴えてるな今日
27さっきから良い対応だなビッグガブ
29ライスはこういうプレーホント判断ミスらないわ
33ウーデどこ目付いてんの
43この流れるようなパスワーク、これが見たいやつ

54サーモンのクロスエグっ
63的確なプレスバックはライスだわ
65またライス
84ギョケのこの魂よ
89サカも良いプレスバックや

遂にこの時がやってきた。

この一戦で優勝が確定(シティの動向次第)する試合となるわけでしたが、明けて本日、ついに22年ぶりの優勝が確定しました。

そんな歓喜の朝を迎え、非常に清々しい思い。

直接優勝を決する試合というのが理想ではありましたが、それは勝負の世界、仕方なきこと。

とまあ、優勝を掛けたバーンリーとの一戦、選手たちもいつも以上に熱が入っておりました。

まずはスタメンから。

怪我人等の件もあり、右SBモスケラ、ウーデとエゼの共存、CFハヴァさん。この辺が目立った変更だったのではないでしょうか。

序盤から猛攻が続き、一時80%を超えるポゼッションという数値を叩き出し、前半終わっても72%。後半も押し込む時間は長かったですが、特に前半の押し込み具合は気合みなぎる超絶展開。

特にキャプテンの気迫が凄まじく、縦横無尽に動き回りあらゆるパスコースを狙っているさまというのは好調時のパフォーマンスが帰ってきた証拠。

それがこの終盤に見られたのは嬉しい限り。

さらにエゼとの共存もすっかり板に付き、左右、双方から仕掛けられるハイブリッド性が顕著に見えたのもこの試合。

惜しくもなシュートも数多く見られ、あわやPKなどが無くとも勝ち切る強さを見せたというのも好調な証拠ではないでしょうか。

これはCL決勝にも繋がりそうな自信となりそうで、良き兆候が良き結果を生んでくれればいいのですが。

シュート数も13本、枠内3本。ビッグチャンスは1だったものの、惜しくものチャンスはもっと多かったような。

サカも相変わらず仕掛けがソリッドでしたし、2人、いや3人と対峙しての突破は痺れましたね。あわやゴールというチャンスでもありました。

守備でもデュエル数はモスケラに次ぎ、タックルもライス同様最多。

無理やりでもシュートへ持ち込めるのもサカだから出来る芸当であって、怪我明けからの躍動っぷりがお見事。

そして変わらず馬車馬を超えた驚異の馬力、ライス。

終盤に入り、いっそう輝きが増してきていた彼ですが、この試合でのそれは更なる高みへの足掛けに見えました。

特にプレスバックでのスピードと的確なポジショニング、そこに加わる尋常じゃないタックル。

スタッツで見てもディフェンシブアクションはトップですが、それ以上の脅威を感じたであろう存在感。紛れも無いアーセナルの勝利の象徴になりましたよ。

そしてこれが現実となったという。

そういえば交代後入ったギョケも印象的でしたね。

いつも通りの運動量、タフさを絵に描いたようなポストプレーとプレス。これにより終盤でも後方がピン止めされ、という展開が増えていたこともあり、後半のバーンリーによる攻撃の一端を回避できた一因となった気がします。

この試合を通して終始感じていたのが「アーセナルのサッカーが早過ぎじゃないですか」ということ。

改めてではありますが、誤審のような局面が多かったことも「それ、見えてた?」と思うようなトランジションの早過ぎる展開が多かったわけで、俯瞰して観ているこちらとて何度も見過ごしに近い状況がしばしば。

これを平面上でこなす選手たちというのは兎角化け物なわけで、それが最も顕著に感じた一戦だったのも印象的でした。

まあ全員素晴らしかったし、よくここまで戦い抜いてくれました。

あとはCLという高き壁は残しているものの、いずれにせよ本当に良くやってくれました。

あとは全力で駆け抜けるのみ。

では。

掛けるまでその真価は分からない。黄金の『PETER AND MAY SAILOR』と恵比寿で出会う

PETER AND MAY SAILOR

これにてメガネ戦線はいったん終了か。

ゴールドフレームは以前から欲していたもので、細メタルのマイキータ、セルフレームのアイヴァン、そしてこのゴールドのピーター・アンド・メイでとりあえずのコンプリート。

あとは数年経過し、また欲しい種類が出てくればといったところ。

今回購入したのは「コンティニュエ恵比寿店」。

ここも以前から気になっていたショップでして、洋服などの買い物ついでにちょいちょい寄っていた店の一つでした。

そんなコンティニュエで購入したのがPETER AND MAY(ピーター・アンド・メイ)というブランドなのですが、まずはそのブランドに関して。

1. PETER AND MAY(ピーター・アンド・メイ)とは?

2012年にフランス・パリで設立された独立系のアイウェアブランドです。創業者のローラ・ル・ビアンとハビエル・マトランは、高級アイウェア業界で長年のキャリアを持つプロフェッショナルです。

ブランドの特徴
  • 「アリュール(Allure)」の追求:フランス語で「洗練された上品な振る舞い」を意味する言葉を哲学とし、自然体でありながら自信に満ちたエレガンスを表現しています。
  • パリのデザインと日本の技術:デザインはパリで行われますが、製造(特にメタルフレーム)は世界最高峰の技術を持つ日本で行われているモデルが多く、高いクオリティと快適な掛け心地を両立しています。

  • 絶妙なバランス感:クラシックな形をベースにしつつも、モダンなラインや独特のカラーリングを取り入れることで、「どこか新しく、でも顔に馴染む」絶妙なデザインが魅力です。

  • サステナビリティ:環境に配慮したバイオ素材の使用や、持続可能な生産背景を重視しています。

ちなみに購入したモデルは「SAILOR」というモデル。

2. 「SAILOR」の特徴

SAILORは、ブランドを代表するメタルフレームのモデルで、その洗練されたフォルムで非常に人気があります。

デザインのポイント
  • 多角形(ポリゴン)シェイプ:パッと見はラウンド(丸型)に見えますが、実はエッジを効かせた多角形になっています。この「角の張り」を抑えた設計により、丸メガネよりも甘すぎず、知的な印象を与えます。

  • 奥行きのあるリム(縁):正面から見ると繊細なラインですが、横から見るとリムに厚み(奥行き)があるのが特徴です。これにより、度付きレンズの厚みを隠せるだけでなく、横顔に立体的な表情が生まれます。

  • オーバーサイズ気味のバランス:程よくゆとりのあるサイズ感で、リラックスした「こなれ感」を演出できます。

素材と機能性
  • ベータチタンを採用:非常に軽量で弾力性のある「ベータチタン」をメイン素材に使用しています。頭を優しく包み込むようなフィット感があり、長時間の着用でも疲れにくいのが特徴です。

  • こだわりのディテール:テンプル(つる)の先端にブランドロゴがさりげなく組み込まれていたり、ヨロイ(フロントとテンプルの接合部)が顔に沿うように外側へカーブしていたりと、機能美とデザインが融合しています。

探していたのは角形で若干のオーバーサイズ。ブランドとしては「ayame」や「HAFFMANS & NEUMEISTER」などが候補にあったのですが合わせてみるとそれ以上にイメージ通りだったのがピーター・アンド・メイ。

「ayame」は欲しかったモデルが顔のサイズが合わず。カラーリングもアンティークゴールドのような落ち着いたカラーリングで、顔馴染みがいまいちしっくりこず。

「HAFFMANS & NEUMEISTER」は線が細過ぎて、カッコ良いんだけど思っている雰囲気と少々違い、ソリッドになり過ぎるといいますか。

そしてこのPETER AND MAY(ピーター・アンド・メイ)になるわけですが、こちらは掛けたら妙にしっくりきた。

以前立ち寄った際にも掛けて気になってはいたのですが、肌馴染みが良く(あくまでも個人的に合うという意味)、派手過ぎないゴールド。

その他のモデルもいくつか試し、ジャストサイズのものだとかっちり感が強く、大きすぎるとバランスが取れず。

掛ける前と掛けた後の印象も変わるもので、このセイラーは掛ける前それほどだったのですが掛けるとしっくりきたのが購入の決め手。

サイズ感にせよ、捻りの効いた形状にせよ、なんか良い。

艶の有る無しもそうですが、年齢や顔立ちなどによっても印象が変わってくるんですね。

掛けないとわからないこのへんの相性というのもまたメガネ選びの面白いところ。

チタンにより一生もののフレームになり得ますし、パリ発というのも良いじゃないですか。メタル系は日本の技術も集約されていて、精細でありながら抜群の強度を誇る一生もの。

ケースにしてもてのこんだシボ革のクリームカラーで洒落ている。

シンプルな服装の差しアイテムとしても暑くなってくると重宝しそうです。

では。

『砂の都』を読むと、“満たされること”の孤独について考えてしまう

『砂の都』

「すぐに忘れてしまうことと、どうしても忘れられないことの違いってなんだろう」。これは不思議な砂漠の孤島に生きる人々の「記憶」と「建物」を巡る物語。漫画界大注目の俊英・町田洋(『惑星9の休日』、『夜とコンクリート』)が贈る、ロマンティック・デザート・ストーリー!

”記憶が建物になる”という独特な設定。

個人的にかなり好きな漫画家の一人なのですが、この作品もまたSF的であり、現実とリンクするところもありという、リアリティとファンタジーを内包した設定と描写に惹かれる。

ちなみに個人的ベストはこれ。

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画力というと繊細で圧倒的な描写を想像しがちですが、この町田洋という作家のタッチは繊細でも圧倒的でもない。それでいてシンプルな琴線に触れる独特な線のニュアンスと構図、印影の付け方が独特な作風と相まって魅力的に映る。

黒のベタ塗り背景と白のコントラストが不思議な世界を構築しており、はっきりとしているのに不明瞭な印象を受けるという、何とも言えないバランスの元に成立してしまう、させてしまう描写が不思議と馴染む。

少ない手数で魅せる技術力はどこからくるのか。

展開も緩やかなものであるからして、余計に謎が深まり、独特の世界に入り込む感覚を得られる。

本作では砂漠が舞台となり、先に書いた記憶と建物を通じた人間関係のドラマが繰り広げられる。

といっても劇的な何かは存在せず、寓話的世界観での日常が淡々と描かれる。

一話ずつの繋がりもゆるやかながら、毎話ごとのふわっと立ち上がる本質を捉えたような疑問が頭を掠める。

この余韻と漫画世界を浮遊するような感覚が特に心地良く、はっきりとした答えを明示しないところも馴染みが良い。

ちなみにこの「砂の都」が町田洋さんの初の本格連載作品なんですよね。

どちらかというと短編・小編的な作品が多く、その延長線上にある本作での世界観というのもまた独特にして美しい。

2018年から連載されたものの、2023年に最終的に単行本化されるまで、期間が空いていたこともあり、断片的な積み上げは短編の編著とも通じるところがある。

印象深かったのが、作中で女の子の姉が出てくるシーン。

その姉が以前は書いていた小説を書けなくなってしまっている場面なのですが、以前と違い、姉は幸せになり、満たされている。「物語が書けるのは満たすためであって、満たされていない部分を埋めることでもある」というやり取り。

そう考えると、満たされた状態でモノが書けないというのは自然であり、それが幸せとも言える。

満たされる、満たされない、作られる、無くなるという構図がそこかしこに存在する作品でもあり、その視点の含みもまた面白い。

必ずしも「〇〇だから〇〇」という構図は当てはまらず、「〇〇だけど〇〇」ということもあり得るわけで、最終話での失ったから、無くなったから〇〇ということで無いのもまたその通りなのだろうなと。

砂という脆く儚いモチーフ故に、形があるようで崩れてしまうもの。

人の世もまた砂のようなものに溢れているのだと改めてその儚さに哀愁を感じてしまう。

永続することが無い、だからこそ一瞬を、今を大事にせねばと。

相変わらず良い漫画を描きますね。

では。

『顔を捨てた男』感想|容姿を変えても“自分”は消えない

『顔を捨てた男』

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顔を捨てた男 [DVD]

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  • セバスチャン・スタン
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「サンダーボルツ*」「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」のセバスチャン・スタンが主演を務めた不条理スリラー。

顔に特異な形態的特徴を持ちながら俳優を目指すエドワードは、劇作家を目指す隣人イングリッドにひかれながらも、自分の気持ちを閉じ込めて生きていた。ある日、彼は外見を劇的に変える過激な治療を受け、念願の新しい顔を手に入れる。過去を捨て、別人として順風満帆な人生を歩みだすエドワードだったが、かつての自分の顔にそっくりな男オズワルドが現れたことで、運命の歯車が狂いはじめる。

容姿が変わっていく主人公エドワードの複雑な心情をセバスチャン・スタンが特殊メイクを施して熱演し、2024年・第74回ベルリン国際映画祭で最優秀主演俳優賞(銀熊賞)、2025年・第82回ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門で最優秀主演男優賞を受賞。「わたしは最悪。」のレナーテ・レインスベがイングリッド、「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のアダム・ピアソンがオズワルドを演じた。外見やアイデンティティをテーマにした作品を手がけてきたアーロン・シンバーグが監督・脚本を手がけ、全編16ミリフィルムでの撮影による独創的な世界観を作り上げた。

映画館で観たかった作品ながらタイミングが合わず。

テーマ的にも評判的にもずっと気になっていた作品をようやくの鑑賞。

予想通り、というかその斜め上をいく面白さと不条理さ。それでいて普遍的な人間の根源的本質を突くような秀逸な視点が余韻を残す。

冒頭からメタ構造を予感させる作品内での演技シーンのショット。

寄りから引きへのスムーズな移行と観るものを現実から非現実へと引き寄せる吸引力が素晴らしい。

全編16ミリフィルムで撮っているという荒々しさも効果的で、前後半で異なる味付けのスパイスとなっている。前半ではエドワードのビジュアルを禍々しいものと認識させ、後半では現実のリアルな生を想起させる。

ともに映画そのものに質感を与えるという点においては功を奏しているものの、役割が異なり、不快さから純粋さへ推移するという質感の変化も面白い。

本作のテーマと考えられる「人の容姿」というものへの注目というのは過去にも類を見ず様々な形で描かれてきたわけですが、A24と組んで映像的なエッジのありようが現代的にそれを捉え、かつジャンルを横断したエンターテイメントとして昇華している。

直近での自分の触れた作品だと安部公房の『他人の顔』という作品もまさになものでした。

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先にも書きましたが、とにかく前半は不快というか、いちいち気に障る局面が多く、それがなぜなのかわからないが、映像全体にそうした妙な空気感が漂っているんですよね。

特異な形態への認識などでは無く、グロテスクな表現や、意味深な出来事(特に天井からのあれとか)、効果音の異常なボリュームなど。

積層された居心地の悪さが相対的な嫌味として鑑賞者に迫ってくるというか。

それがオズワルドの出現により一変することに。

彼の振る舞い、軽妙なトーン、纏う全てから陽のオーラが出ていることによるポジティブな空気感の創出。

映像もそれまでとは異なり、やや軟化した小気味よい調子が出てくる。

人は思い込みにより支配され、それが周囲にも電波する。「ものは思いよう」と昔の人が言ったように、本当にその通りだという現実を目の当たりにすることになる。

悩んでいた容姿が改善され、良かったね・・・というような話に終止せず、その先を見せるというところが本作の肝であり、それを舞台という役柄を演じるという事柄と重ねるダブルミーニング的な含意も込みで痛快で納得感がある。

演じるということは自分ではない誰かを表現することであり、とすれば自分がわかっているから演じることが出来るとも言える。

では、果たして自分をわかっていると言い切れるのでしょうか。

そもそも自分というのは誰かが見た自分への印象の総意がであって、自分が思う自分と他者が思う私というのは全く別物の可能性すらある。

羨むよりも、なりたい自分、思われたい自分に変化していくことのほうが重要で、そこに風貌は一つの断片にしかなり得ないのかもしれない。

このような内容をエドワードの顔面を通し、醜悪に見せるのも個性と見せるも本人次第。そうした事柄を映像的に感覚として非常にわかり易く描いているというのも映画ならではの冥利だなと。

正直なところ、自分がその立場だった時にそんなことが思えるかと言われると難しいかもしれない。

ですが、作品内では紛れもなくエドワード、オズワルドの印象が端的に物語っており、その事実を見せられると、あながちそのように思っている自分自身の心こそが醜悪で引け目を感じているからそのように思ってしまうのかもしれないとも思えてくる。

映像の質感、劇中劇による構造、映画における映像の仕掛けが存分に使われた良きテーマへの解釈だったかと思います。

では。

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『パキポディウム・ラメリー』は、なぜ古着好きの感性に刺さるのか

以前から植物はちょいちょい買っているのですが、最近手に入れたお気に入りがありまして。

『パキポディウム・ラメリー』

以前から度々購入させていただいている寒川の「フローラルリーフ」にて。

価格帯もこなれており、駐車場もあり、丁度良い。

都内でも観葉植物を扱う店は増えてきたなと思うわけですが、とにかく高い。

それからこういうものはなるべく近所で手軽に買いたいモノ。

手に入れたのこちらのパキポディウムなのですが、こうした塊根植物は初めての購入。

こちらは最近塊根植物ブームがしれッときており、価格も上昇中。とはいえそもそもが砂漠地帯の植物かつ成長までに時間を要するということもあり、元々希少なんですよね。日本においては。

そんなパキポディウムについて。

パキポディウムってどんな植物?

パキポディウムは、マダガスカルやアフリカが原産の「塊根植物(コーデックス)」の代表格です。

  • 特徴: ぷっくりと膨らんだ幹(塊根)に水分を蓄え、厳しい乾燥地帯を生き抜く強さを持っています。

  • 見た目: 鋭いトゲに覆われた幹と、その頂点から広がる細長い葉のコントラストが個性的です。
  • 魅力: 成長がゆっくりなので、少しずつ形が変わっていく様子を長く楽しめます。まさに「育てる盆栽」のような楽しみがある植物です。

塊根植物で言うと以前何かの雑誌で見かけたパキプスがきっかけで気になっており、別段パキポディウムに興味があったわけでは無かったんですよね。

ですが、実際見た瞬間に惚れたというか。

塊根植物が魅力的に映るのが盆栽と観葉植物の中間的立ち位置でもあり、しっかりと育てれば一生ものというバディ感。

この古着を愛する身としても同様の価値観で共に出来そうな相方ともなる。

まあ時間はかかりますが地道に育てたいと思います。

最後に小ネタとして

1. 名前の由来がそのまんま?

パキポディウム(Pachypodium)は、ギリシャ語の「パキス(太い)」と「ポディウム(足)」を組み合わせた言葉です。その名の通り、「太い足」のようなユニークなフォルムが最大の特徴です。

2. トゲは「若さ」の証

実はパキポディウムのトゲは、成長して幹が太くなっていくにつれて、徐々にポロポロと取れていくことがあります。画像の _329.jpg のような若株のうちはトゲがびっしりしていて、野生味あふれる姿を楽しめる時期でもあります。

3. 「光」が大好きな美食家

彼らは日光が大好きで、光が足りないとひょろひょろと徒長(細長く伸びること)してしまいます。ぷっくりした「美ボディ」を維持するには、太陽の光というご馳走が欠かせません。

4. 投資としての植物?

パキポディウムの中でも「グラキリス」などの人気種は、形が良いものだと数万〜数十万円で取引されることもあります。大切に育てて、将来的に立派な株に成長させるのは、ある種の「グリーン投資」とも言えるかもしれませんね。

では。

『アーセナルvsウエストハム』──“変化するアルテタ”が最も見えた90分だった

『アーセナルvsウエストハム』

アーセナルはウェストハムを大差で破り、リーグ優勝に大きく近づいた。

7こういう狭いとこ通せるのスケリーなんだよな
15ギョケ体入れるの上手し
20頻繁切り返すサーモンの機動力厄介だろうな
38強さ出るなぁ、ギョケ

80ウーデらしいスルー

ここまで景色が変わるとは。

もう負けられない試合しかないアーセナル。そんなウエストハムとの一戦でしたがアウェイとはいえアグレッシブさを取り戻したハムは恐ろしかった。

まずはスタメン。

ここ数試合の好調さをゲン担ぎに変わらずのスタメン。

序盤からかなり猛攻を仕掛け、とにかく勢いで押し切る姿勢が見えた前半。ですが28分、ホワイトの後退から雲行き怪しく、そのまま前半は立て直しも出来ず。

後半立ち上がりは以前のような形に戻し、モスケラ投入、スケリー左SBにするもそれでも情勢はそこまで変わらず。

その後67分にウーデ、ハヴァーツを投入してからも膠着状態は続くものの、段々とハムを攻略しつつ。

特に後半からはハムもハイプレスを敷くこともあったのですが、そうしたらラヤからのロングレンジパス、逆に引くのであれば後方から繋ぐというハイブリッド攻撃。

これがしっかりと両輪で出来ていたのはこの試合が顕著だったのではないでしょうか。

ギョケとハヴァさんの関係性も悪くなかったですよね。

基本ツートップ気味の配置ってしない印象だったのですが、この試合では終盤そのような形になり、便宜的に役割は異なるものの、ギョケがCBを引っ張ったりポストプレーをすることでスペースや人の空きが生まれ。

実際ギョケは体張ってましたからね。プレスもプレスバックも最後まで継続し、キレもある動きが見られ。

カバーリングエリアも広く、調子の良さは見られました。

サカが機能し辛かったのをマドゥエケで変化を加えたり、右SBをモスケラに変えて守備強度、安定感を出したり。スビとライスの位置を変えてみたり、スケリーをSBにしてみたり。

この試合ではちょっとした変化をかなり試しているように見え、それがアルテタの変化を感じられた試合でしたね。

それにしてもあのサーモンのゴールは痺れました。

ウーデのらしさ溢れるプレーが続くなと思っていたさなか、ボックス内でのあの細かいタッチ。からのサーモン弾。

その後のウーデの崩れ落ちる様も理解できる歓喜の証。

ただしこれで終わらなかったのがこの試合。

何度もお互いピンチをしのぎ、拮抗したギリギリの攻防。ビッグガブのこれも奇跡的でしたからね。

それからも再三のカウンターによりハムが健闘していたのが狂気に変わる瞬間が訪れる。あくまでもアーセナルファンにとってですが。

それを防いだのがお馴染みのラヤ神。

これは今までもかなり際際で抜群のセーブ。一瞬時止まりましたからね。落ち着きと相手の動きをよく見た対応。ラヤだから出来たシュートストップ。

紛れも無きラヤのMOM。あわやゴール騒動のプレーもありましたがあれは押さえられていたとみて間違いないでしょう。確実に飛び上がろうとして飛べていないので。

ということでこの勝利もこれまた大きい。

サーモンの歓喜の映像でお別れです。

では。

『交渉人』――言葉だけで撃ち合う、90年代サスペンスの最高到達点

『交渉人』

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人質交渉人(ネゴシエーター)のふたりの男が、人質犯と彼に指名された交渉人という立場で対峙するサスペンス・アクション。「ジャック」のジェームズ・デ・モナコとケヴィン・フォックスのオリジナル脚本を、「セット・イット・オフ」のF・ゲーリー・グレイが監督。製作は「ジャングル・ジョージ」のデイヴィッド・ホーバーマンと「L.A.コンフィデンシャル」のアーノン・ミルチャン、製作総指揮は「チカチーロ」のロバート・ストーンとウェブスター・ストーン、「フラバー」のデイヴィッド・ニックセイ。撮影は「タイタニック」のラッセル・カーペンター、音楽は「チャイニーズ・ボックス」のグレアム・レヴェル、美術は「ブロークン・アロー」のホルガー・グロス、編集は「フェイス/オフ」の、クリスチャン・ワグナー、衣裳はフランシーヌ・ジェイミソン=タンチャック。主演は「スフィア」のサミュエル・L・ジャクソンと「真夜中のサバナ」のケヴィン・スペイシー。共演は「コンタクト」のデイヴィッド・モース、「L.A.コンフィデンシャル」のロン・リフキン、「コップランド」のジョン・スペンサー、「戦火の勇気」のレジーナ・テイラー、そして本作が遺作となった「ブレーキ・ダウン」のJ・T・ウォルシュほか。

ケヴィン・スペイシーは好きな俳優の一人であり、あのような形で新たな作品が観られないというのは嘆かしいところ。

ですが、過去の作品に関しては作品自体の賛否が問われるべきであり、個人により作品を判断するのは如何なものかと思っている。

ということで疲れた週末にスリリングさとダイナミズムを注入しようと鑑賞したのが本作。

公開は1998年ですか。

ケヴィン・スペイシーも若く、サミュエル・L・ジャクソンも若いわけだ。

二人とも好きな俳優というわけで、繰り広げられる戦いが舌戦というのも非常に楽しめる作品。

まあ、”交渉”ということが主になる作品にあって、二人の演者としての巧みさが光らぬわけが無い。

まさに見どころ自体が演者の演技による言葉の戦闘なわけですが、これが本当に筆舌し難く、ラストまで展開が読めない。

大筋の流れや展開はわかるものの、キーとなる内偵者が誰で、誰が黒幕なのか。

それと絡み合う人間模様と心理戦が高等バトルにつき、一瞬たりとも気が抜けない。

起きる事象も唐突なものが多く、展開の乱高下が言葉の応酬と意味の解釈に当てられ、脳力が削られていく。

ただ、その感覚が非常にスリリングで心地良く、演者たちの巧みさがそれを一層強固にコーティングしてくれる。

主要な登場人物はわかりやすく整理されており、すんなり入ってくるというのも見やすさの一つ。

この話、言ってしまえば心理戦、言葉や仕草、行動などの注意力を用い、あらゆる角度から知的な読みが繰り広げられるわけですが、実のところそれの上位概念としての組織や社会、ひいては人間というものの備える”真実”が垣間見えるところが面白さをもう一段引き上げていると思っている。

ミクロで見ればサミュエル・L・ジャクソン演じるダニーとケヴィン・スペイシー演じるクリスの交渉合戦。

そこに様々な人々の思惑や人間性が絡み合い、さらに組織や社会という大きな枠組へと昇華されていく。

これが実に面白い。

信頼できると思う人物はなぜ信頼できるのか。

疑いはなぜ生まれるのか。

組織とは何のためにあるのか。

役職による威厳は人としてのそれと関係するのか。

言い出すときりが無いくらい、抽象的な現実がフレームワークの中に押し込められ、自然発生的に解釈されている怖さ、やるせなさを浮き彫りにしていく。

ダニーにしろ、クリスにしろ、徐々に薄皮を剥がされていく現実と対峙していく中、観ているこちらにもその真意が突きつけられる。

その積み上げというのが交渉そのものでもあり、見事に脚本として組み立てられた末に表出する爽快感が存在する。

時系列を整理し、人物を鑑み、発言、仕草をつぶさに見る。

画面上の全面に気を向け、まるで探偵にでもなったように推理しながら読み解くというのも一興。

一度で理解しようとせず、二度三度と観て矛盾点や齟齬が無いかということを確認するのもまた一興。

いずれにせよ名優達の演技による舌戦というのは非常に画が持つものだなと思ってしまう。

それにしてもケヴィン・スペイシーは別段格好良いというスタイル、顔立ちでも無いにも関わらず、なぜか格好良いと思ってしまうのはなぜなのだろうか。

どの作品でも知的でアグレッシブな姿勢というのは惹きつけられる何かがあるのは確かなのでしょう。

ちなみに備忘録的に私がこの映画を観終えて率直に感じた疑問を。

答えは自らの中のみに。

では。

プロット整合性への疑問

・ラストの「警察バッジ」は誰のものなのか?

・クリスは“いつ”“どうやって”黒幕に気づいたのか?

・ニーバウムの家のPCから実際に証拠は見つかったのか?

・フロッピーディスクは本当に空だったのか?

・フロストが自白しなかった場合、物的証拠は存在しないのでは?

・FBI突入でデータが壊れたのに、どうやって決定打に至ったのか?

 

 キャラクターの立ち位置への疑問

・フロストが真犯人だとすると、ニーバウムの役割は何?

・ベックは敵なのか味方なのか?

・所長はダニーの敵か味方か?

・所長とベックの関係性は?

・ルディをダニーが信頼した理由はどこに描写されているのか?

 

演出・象徴への疑問

・所長の机に弾丸を1発だけ置いた意味は?

・『シェーン』の「死んだ/死んでない」論争とダニーの撃たれる演出の関係は?

・ダクト脱出は現実的なのか?

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