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探幽訪真:深く、自由に、偏りなく潜る

『オブセッション 災愛』が突く痛恨――なぜ「願いが叶うこと」はホラーになるのか

『オブセッション 災愛』

ポスター画像


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内気な青年の「愛されたい」という願望が制御不能な恐怖へと転じていく様子を描き、新人監督による製作費100万ドル未満の作品ながらアメリカで大ヒットを記録したロマンティックホラー。

孤独で内向的な青年ベアは、恋心を寄せている女性ニッキーと距離を縮めたいとの思いから、願いをかなえてくれるという不気味なまじない「ワン・ウィッシュ・ウィロー」に手を出してしまう。しかし、純粋だったはずの恋愛感情は次第に執着(オブセッション)へと変貌し、ベアは想像を絶する惨劇にのみこまれていく。

YouTubeで配信したスケッチコメディ動画や長編ホラー動画「Milk & Serial」で注目を集めた新鋭クリエイターのカリー・バーカーが劇場映画監督デビューを果たし、ジャンプスケアとユーモアを巧みに操りながら人間の内面的恐怖を描き出す。主演は「クルーガー 絶滅危惧種」など映画・ドラマへの出演のほか、アニメ・ゲームの声優としても活動するマイケル・ジョンストン。テレビドラマ「スーパーマン&ロイス」のインディ・ナバレッテがヒロイン役を務め、理想的な恋人として現れながらも次第に不穏な変化を見せていくニッキーを存在感たっぷりに演じた。

物語の本筋は見えているが、鑑賞中の緊張が解けることは無い映画体験。

本国では100万ドル未満の低予算から生まれた大ヒットらしく、監督のカリー・バーカーは元々YouTuber出身の20代の新鋭。

100万ドル(約1.5億円)以下の低予算で制作しながら、A24やブラムハウスといった一流ホラーレーベルから熱望され、今世紀屈指の興行効率を叩き出したという。

低予算云々ということよりも、映像をわかっているなと思うような画作り、演出が印象深く、とにかく終始漂うヤだ味が濃厚。

序盤はそれこそな、青春フィルモグラフィーに始まり、ありがちな展開が続いていく。ですが、わりと早い段階でその認識が一変し、気付けば絶望へ。

話の構造は本当に単純なもので、「好きな子を振り向かせたいが自信が無く、呪い(まじない)に頼っては見たところ、本当に好きになってくれる」というだけのこと。

それをここまで震え上がらせる展開に仕上げるというのが驚きというかなんというか。

とにかく色々な所に様々なものが潜んでいるのが印象的。

映像的演出でいうと、暗闇の中で同化する彼女、フォーカスのぼかしによる恐怖、徐々にズームイン、アウトする気持ち悪さ。タメによる重苦しい気まずさを充満させる効果。ジャンプスケアも多用するのではなく、ここぞで来る衝撃の破壊力たるや。

画面の隅々にまで趣向を凝らすような演出がどれも秀逸で気持ち悪く、恐ろしい。

まるで静的な画面の中に動的な恐怖が潜んでいるというような居心地の悪さ。映像や人間心理を理解していないと出来ない根源的な嫌みで満ち溢れる。

音楽面でもそう。

まるでツインピークスのような牧歌的でノスタルジックでスローなメロディが流れるのですが、これが徐々に恐怖を侵食し、このサントラが流れると嫌な予感しかしなくなる。

作曲を手掛けたロック・バーウェル(Rock Burwell)自身がインタビューで、まさに『ツイン・ピークス』の音楽(アンジェロ・バダラメンティ作品)を最大のルーツとして挙げているという。

この楽曲の類似性も

  • 『Obsession』と『ツイン・ピークス』の共通点
    『ツイン・ピークス』のテーマ曲(ローラ・パーマーのテーマなど)が持っていた「甘美でうっとりするようなメロディ」と「その裏に潜む底知れぬ恐怖・不気味さ」の同居。これがまさに本作のサントラ全体を貫く骨組みになっています。
  • 「温かさ(ロマンス)」と「不安(ホラー)」の裏表
    曲の冒頭は一見すると哀愁を帯びた美しいアンビエント/シンセサウンドで、レトロなロマンス映画のように始まります。しかし、じっと聴いていると微かに音が歪んだり、不協和音が不穏に混ざり込んできたりします。
  • 「日常の裏にある歪み」を音で表現
    『ツイン・ピークス』が平和な田舎町の裏に潜む狂気を音楽で表したように、本作でも「一見甘いラブストーリーの裏で、着実に侵食していく呪いと執着」を音のグラデーションで表現しています。
ツイン・ピークス オリジナル・サウンドトラック

ツイン・ピークス オリジナル・サウンドトラック

  • アーティスト:TVサントラ
  • ワーナーミュージック・ジャパン
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あたたかなアンビエントの底から忍び寄る不調和音の甘美な気味悪さは、まさにこの不朽の名盤が残した余韻と地続きのところにある。

心理的に”嫌だな”と感じさせるシーンが多いというのは監督もインタビューで述べているところなんですよね。

「大音量で驚かせるのではなく、観客が『うわ、なんか嫌だな…』と居心地の悪さを感じる瞬間(Discomfort)を追い求めた」と語っている。

まさにその通り。

そんな本作の根底にあるのが”愛”という存在。

作中でも主人公(ベア)とヒロイン(ニッキー)の関係性やセリフを通し、「恋愛(ラブ)と、二人の物語(ストーリー)は別物である」というようなやり取りがあったような。これが鑑賞後に余韻として残る。

あくまでもラブは相手の感情や都合、意志を尊重するものであって相互的。対してストーリーは主人公から見た理想の物語であり一方的。

これをラブストーリーと一緒くたにする感覚そのものが矛盾を孕んでいるところだと突き付けられているようでなんとも皮肉めいて至極的を得ている。

ただ、本作のようなストーリーを見させられると、ふと思う。「いいなと思っている人がいいなと思えるのはその人だからであって、入れ物としてのそれになると、ただの恐怖でしかないのかもしれないな」と。

SNSなどの”いいね”という文化もそう。外側から気軽に出来るから良いと思うだけで、本当にそうなりたいのだろうか。本当にそう思っているのかということは置き去りになっている状況と近しいと思うところでもあり、作中で描かれる恐怖と全ては紙一重で繋がっているのかもしれないとも思えてくる。

大金を投じているわけでも無いが、深層心理を良く理解し、演出に落とし込んでいる印象が強く、今後も決定している作品がいくつかあるとのことなので要チェックですね。

いずれにせよ夏の導入として終始肌寒さを感じるやり取りを存分に楽しんでは如何でしょうか。

余談ですが、若いお客さんが多かったのも印象的なので、まだまだ映画も捨てたものじゃないなと改めて。

 

探幽:夢は叶うと恐怖なのかもしれない

 

では。

望みがそのままのかたちで叶えられてしまうことの逃げ場のない惨劇は、古くから語り継がれてきた「猿の手」の教訓をどこか思い出させる。

何気ない室内やフォーカスのズレがなぜこれほどまでに人を不安にさせるのか、画面の隅々に仕掛けられた「嫌な予感」の演出を紐解くための視座を与えてくれる。