『推し燃ゆ』
6推しは命にかかわる
15自分自身の奥底から
29愚問だった
40推しを推すだけの夏休み
61世間には〜面倒見てるのとか
76自分で自分を支配
78ため息は埃のように
83どんなときでも〜84ないだろうと思う
121あたしを明確に
121推しは人になった
”推す”というのはどういう感覚なのか。
今までは推すという感感が皆無に近く、”ファン”であるとか”好き”ということの延長線上にあるものだと思っていた。
それが最近「FRUITS ZIPPER」にちょいハマりしている自分がいて、それは推しなのではと思っている自分もいる。
若い頃に何かにハマるということはあったし、当時”推し”という言葉が無かっただけと言えばそうなのかもしれない。
でも、確実に当時のそれとは異なる感覚があるというのは薄っすらと感じていたし、周囲を見回しても推し活をする人が増えた印象もあった。
本著では「推しが炎上した・・・」というところから始まるわけですが、まさに現代めいたフレーズ。
推しとファンの関係性というのは従来の生身の関係性を越え、今やデジタルのデバイスを通した関係性の中にも存在している。
良い点としてはリアルタイムの、それこそ埋もれるほどの情報を浴びることが出来るし、存分にその推しを満喫することが出来る。
一方で常にそれらに縛られ、推すことによる無意識化の行為として日常と化すというルーティンが組み込まれることにもなる。
本著ではその狭間でで揺れ動く女子高生が主人公となる。彼女こそが推しの典型的な像を抱かせ、推す熱量を読者に伝播させることに。
推す対象は違えど”推す”という行為のそのものは経験者にはわかる。
その時にふと思うのが推される側の視点であって、「あちら側の喜怒哀楽というのは本当の振る舞いなのだろうか」という疑問が頭を過ぎる。
ビジネスとして、キャラクターとして、実際の感情や思いがどこにあるのかわからないと思ってしまうと現実に引き戻される怖さがあり、故にそれに蓋をする。
作品の中でもそうしてブラックボックス的な箇所も見られ、推す、推される、どちらの関係性の中にも暗黙の了解が横たわっているように感じられる。
人間として認識しているようで、人間性を希薄化して認識しているような気もする。
文章の中で「推しが人になった」という表現を使っているのも、無意識的に他次元の人物として意識していることがわかるし、実際自分も推す際にはそのように考えている節もある。
空想めいた、どこかふわふわした光のような存在と対比する形で文体の生々しい表現が介在し、ファンタジーの中で現れる闇の部分、というよりもそれが現実のリアルな表現であるのですが、その独特の言い回しや状況表現がいっそう際立って浮かび上がる。
現実は忙しない。
スマホにSNS、Youtubeにサブスク、時間の奪い合いの最中、なぜ推しが流行るのかということが見えてくるところでもあり、ようするに「何かに没頭できる」ということの人間における根源的欲求があるようにも思える。
忙殺され、疲弊し、混沌とした世界を生き抜くことが出来るのか。
無意識的に誰もが薄っすらと感じているところでもあるだろうし、実際にそれはそう思う。
だからこそカウンターとしての推しの輝き、絶対性というのが希望のように映るわけだし、憧れとも違う、「ただ、推しの全てが好き」という状況に陥るのだと思う。
理屈でないフィジカル的な側面からの圧倒的信頼。
ただ、それも永遠に続くものでもなく、その終わりが来た時にどうなってしまうのか。
結果を示すわけでは無いが、現実を示し、その現実を直視する自身を投影する。その後も実際に推していた自分は存在し続けるわけで、だとすると・・・。
終わりの呆気無さ、地続きの日常。こういうものだから、結局人生はままならないというファジーな感じも実に現代っぽく、それ以上でも以下でも無いところに好感を抱かせる。
それにしても作者の宇佐美りんさん、言葉の端々にある風景描写や感情表現、このあたりの独特の文体が巧妙で上手く、実際のその状況を捉えているようで、こちらに訴えかけてくる時折の一文が痺れましたね。
日常にふと立ち上がるリアルを越えたリアルな表現。
映画などで言うとギレルモ・デル・トロ監督などがその印象があり、虚構と現実の混在、こういう現実こそがグロテスクさを孕むというような禍々しさは好みなところでもありまして。
現実の暴力性と、それに対するカウンターとしての美しくも禍々しい虚構の世界。私たちが何かを狂信的に必要とするとき、その境界線はどこまでも曖昧になり、やがて呆気ない結末を突きつけられるのかもしれない。
ページをめくるたびに立ち上がる、現実を侵食するような圧倒的なディテールと闇の描写。言葉とイメージが組み合わさることで、ただの空想だったものが生々しいリアルへと変貌を遂げるプロセスが、ここには密閉されている。
120ページ足らずの作品ですし、読みやすく、サクッと読めてしまう。
ですが、秘めたる現実の闇を映し、それでも推してしまう現状というリアルな時をパッケージングしたような作品。
良きでした。
では。
私たちが何かを熱狂的に信じ込み、その熱量で自らを支える構造は、何もデジタル時代のアイドルに限った話ではないのかもしれない。国家という最大級のフィクションの裏側を覗くとき、私たちは自らが求めている「没頭の正体」と再び対峙することになる。
人間は、部屋にじっと静かに留まっていることができないからこそ、絶えず退屈から逃れるための気晴らしを探し求めてしまう。スマホの通知に追われ、誰かの喜怒哀楽を消費する現代の忙しなさは、何世紀も前から人間の奥底に横たわる、ままならなさの変奏に過ぎないのだろう。

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