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映画『氷の微笑』論:スティーブン・ショア的「冷徹な俯瞰」が引き立てる人間の歪みと露悪さ

『氷の微笑』

ポスター画像


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「ロボコップ」のポール・バーホーベン監督が、殺人事件を捜査する刑事が容疑者の妖艶な作家に翻弄される姿を描き、世界的ヒットを記録したエロティックスリラー。

サンフランシスコ。ナイトクラブを経営する元ロックスターの男が自宅の寝室で惨殺された。刑事ニックは被害者の恋人で事件当時のアリバイが不確かな作家キャサリンを尋問するが、ミステリアスな彼女に翻弄され、捜査は難航する。キャサリンの抗えない魅力と刑事としての使命との間で、深みにはまっていくニック。そんな中、さらなる殺人事件が起こる。

シャロン・ストーンが魅惑的で狡猾な悪女キャサリンを熱演して一躍脚光を浴びた。刑事ニック役に「危険な情事」のマイケル・ダグラス。後に監督として「スピード」シリーズなどを手がけるヤン・デ・ボンが撮影を担当。2023年6月、4Kレストア版(無修正R18+指定)でリバイバル公開。

流れでバーホーベン作品を観がちなこの頃ですが、これまた衝撃が。そもそもバーホーベン作品に驚かされないことがないというのが正直なところで、全ての作品が初見は驚きの連続。

本作はシャロン・ストーンの足組みが過剰なほどに有名なわけですが、それはほんのワンシーンに過ぎず、それ以上のミステリアスで魅力的な、極上スリラーを堪能できる。

まず冒頭ですら無い、それ以前、カロルコ・ピクチャーズで始まる。そこからして、懐かしの、そしてアガるところでもあり、始まってからも容赦の無い、SEXシーン、洒落にならない殺害シーンから幕を開ける。

カロルコ・ピクチャーズについて

かつて、ハリウッドの勢力図を塗り替えた「独立系製作会社の雄」がカロルコ・ピクチャーズです。

  • 「メジャーを凌ぐ」大胆な戦略 『ランボー』シリーズや『トータル・リコール』、『ターミネーター2』など、1980年代後半から90年代初頭にかけて、大手スタジオが二の足を踏むような巨額の製作費を投じ、特大のヒット作を連発しました。

  • 『氷の微笑』という頂点 1992年に公開された『氷の微笑』は、同社にとって一つの到達点でした。脚本を当時の最高額(300万ドル)で買い取り、過激な性描写と暴力、そしてスキャンダラスなプロモーションを武器に、全世界で3億5,000万ドルを超える興行収入を記録。まさに「カロルコ流」が世界を席巻した瞬間です。

バーホーベン作品が始まったと思いつつ、その後登場するキャサリン(シャロン・ストーン)が半端じゃない美しさの容姿で登場する。

綺麗という概念を超越した魔性性、見てそれが瞬時に伝わる存在感というのはシャロン・ストーンだからこそ成せるところであって、とにかく見惚れてしまう。

当時で34歳ですか。今でもお綺麗ですが当時の破壊力は凄まじい。

物語の本筋は殺人事件に纏わる捜査。なのですが、それを下地に繰り広げられる人間ドラマ、心理合戦がメインとなっていくんですよね。

構図として、スティーブン・ショア的な俯瞰ショットが印象的で、引きで傍観するような視点というのが要所に挿入され、それがこの世界を傍観するような第三者の視点のようでいて、客観的に俯瞰できるようでもある。

スティーブン・ショア:静止したアメリカの観察者

ウィリアム・エグルストンと共に「ニュー・カラー」の旗手として知られるショアは、それまでモノクロこそが芸術だった写真界に、カラーによる「知的な静寂」を持ち込みました。

  • 「平熱」のまなざし 彼の代表作『Uncommon Places』に象徴されるように、被写体は名もなき街角、ダイナーの朝食、ホテルのベッドなど、極めて日常的です。しかし、大型カメラ(8x10インチ)で捉えられたそのディテールは、血の通った温もりよりも、昆虫の標本を眺めるような「冷徹な客観性」に満ちています。

  • 完璧な構図の「罠」 ショアの写真は、一見無造作に見えて、画面内の垂直・水平、色彩の配置が数学的に計算されています。この「あまりに整いすぎた日常」が、観る者に「この平穏の裏で、何かが起きているのではないか」という微かな緊張感を与えます。

  • 映画への共鳴 『氷の微笑』のような90年代ネオ・ノワールが、ショア的な構図を必要としたのは必然かもしれません。欲望というドロドロとした感情を描くために、あえて背景を「ショア的な、冷たく整った空間」に置くことで、人間の歪みがより鮮明に浮き彫りになるからです。

一方、人物へのクロースショットも多用されており、それが逆に人の心情や心理を丸裸にしているような印象も受ける。

丸裸と言うと、文字通り裸のシーンも当然のように頻繁に。その生々しさもバーホーベン作品の魅力の一つであり、とにかく人間というものの、ひいては女性というものの男性に無い、強さの如き露悪さを散見することが出来る。

作品自体としてはキャサリンとニック(マイケル・ダグラス)の関係性、心理描写をつぶさに見ていくだけでも面白いのですが、その周辺人物達の本心を考えつつ見るというのもまた面白い。

とにかく人のままならなさ、終盤である人物が死んだ後にぼそっと警官がつぶやく「知っているようで知らないことも多いのだな」的な発言というのがまさに本作の主軸ですらあり、日常を通じ、密に関係性を持つ人物であってもその本性は本人しか知り得ないということの象徴のような気がしてぞっとする。

考えてみれば当たり前のことでもあり、自分を考えてみてもそうで、人によって見せている側面が異なるというのが最たる例。その視点を、エッジの効いた角度からストレートに投げかけてくる。

本当にキャサリンが考えていることが何なのかが最後までわからず、心情の底のようなものが見えない人物像は狂気を慮らせる。

各人に潜む狂気性の誇張としてキャサリンの存在をカリカチュア的に描いていると見るのであれば、それらは全ての人に当てはまることとして見え、上っ面の体裁を整える社会での人間性を鑑みる機会としても機能しているように思う。

実際ニックの人間性というのも分かりやすいようでいて真の理解には到底及ばないわけで、欲に駆られ、自身を見失っているようでもあり、欲こそが彼の人間性を体現しているとも言えるような。

もう一つ印象的だったのが”既視感”の再現性。

会話にしろ、映像にしろどこか聞いたことが、見たことがあるような既視感。意図的に織り交ぜてきている会話などもあるのは承知の上、それ以外にも何だか知っているような光景というのが散見し、気がかりのフックとして鑑賞中に引っかかる。

違和感とも言いかえることが出来るそれらが、人間関係においてのそれともリンクし、現実と妄想が錯綜する。

わからなくなるからわからないのではなく、理解しているように思えることが変化するから理解し難くなるという矛盾を孕み、混沌とした思考の中に埋没する。

人間の心理、特に深層心理というのは面白いもので、それを紐解く感覚の一端を作品の動力に加えるというのもバーホーベンの映画力なのかもしれません。

「嘲笑うようにして欺かれろ」、人間心理とは深淵なり。

では。

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当時の凄まじい破壊力を放つシャロン・ストーンの美しさと、バーホーベン流の容赦のない生々しさを極限の映像美で堪能できる

映画の背景に息づく「冷たく整った空間」と「冷徹な客観性」のルーツであり、完璧な構図の罠を紙の上で体験できる

じわじわと現実に侵食し、観客を混沌とした思考の中へと埋没させるジェリー・ゴールドスミスの不穏で美しい劇伴を、深く重厚なアナログ盤の音質で追体験できる