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『ヒトラーの忘れもの』が描く戦後という地獄──少年兵と良心の臨界点

『ヒトラーの忘れもの』

ポスター画像


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終戦直後のデンマークを舞台に、地雷撤去を強制される敗残ドイツ軍の少年兵たちの過酷な運命を、史実に基づいて描いた。第2次世界大戦後、デンマークの海岸沿いに残された無数の地雷を撤去するため、元ナチス・ドイツの少年兵たちが連れて来られる。

彼らを指揮するデンマーク人軍曹はナチスに激しい憎しみを抱きながらも、無垢な少年たちが次々と命を落とすのを見て良心の呵責にさいなまれるようになっていく。

2015年・第28回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、軍曹役のローラン・モラーと少年兵役のルイス・ホフマンが最優秀男優賞を受賞した(映画祭上映時タイトル「地雷と少年兵」)。

人間の持つ残虐性と良心。相反するような感覚にして、確実に両者が存在するのだという当たり前の感覚に気付かされる。

ナチス関連というのは人間の持つあらゆる要素を炙り出してくれると思っていて、その意味での本作も心情をグリグリと抉るような鋭利さを剥き出しにしている。

淡々と描かれるデンマークの広大な自然を背景に、終戦直後の寒々しさが漂う。

冒頭からして暴力と憎しみを含有し、どちらが狂気的なのかわからないというようなシーンで始まりを告げる。

史実というものを詳しくは知らずとも、なんとなくの理解が線を結ぶ中、狂気の一言では片付けられない禍々しさに包まれる。

つづく爆弾処理のくだり、命というものの軽さ。あくまでも淡々と描かれていくという本作の特徴は終始一貫しており、その無慈悲さが否応なく、映画への向き合い方として導きを与える。

地雷撤去を通じ、余白を日常で埋めるかのごとく進行する。日常は副次的であり、撤去が主となるような生活。

もはや生活とすら呼んで良いのかと思ってしまうほどに痛々しく冷たい。

時計などによる時間の経過でなく、あくまでも地雷の撤去というものを通して時の経過を感じさせ、それが突然に途絶えるかもしれないということを同時に孕むような演出の絶妙さ。

人生というもの自体、いつ終わりを迎えるのかわからないのと同義だとでも言うようでいて、現代との状況認識の異なりを感じずにはいられない。

そんな中、一貫しているのが”殺伐さ”。物語の起伏においても常に殺伐とした何某かが横たわり、余談を許さない。

出てくる少年兵が抱えているであろう緊張感を率直に伝えるような演出、軍曹やデンマーク人兵士が極悪に見えるようでいてそれ以上のことをやられてきたのであろうバックボーンも垣間見える。

戦争というものがどういう余波を残し、確執を残すことになるのか。

行うのも当事者でなければ、その後処理するのもまた当事者でないという事実。

当然その中に当事者という実際に戦争を扇動し、戦い、戦後処理をし、責任を取ったりという人物もいることでしょう。

それは至極当然としても、あくまでも多くの人々にとっては戦勝国、敗戦国に関わらず、意図せずとも巻き込まれ、選びもしなかった中にインボルブされていってしまうというのが常。

なぜこうなってしまったのかなどということをを考えることすら出来ず、今を、そして明日を、どう生きるかということしか考えることの出来ない、少年兵の無慈悲さが多分に滲み出る。

淡々と過ぎる物語が時に風景を美しくも見せるわけですが、実情との対比、死との対峙、それにより何度でも現実に引き戻される。

望まずともただ後処理を見せられ、その悪夢は永遠と続くとした時、それでもなお人は生きたいと思うのだろうか。

構成も面白いところがあり、それまでの暗く重々しい場面から中盤以降に少しだけ人間味を帯び、映像的にもライトになる展開が少々挿入される。

「これは人間の心理にある善意のようなものが実を結ぶ映画になっていくのか」などといった期待半分、疑心半分。

それでも良いと思ってしまうほど、軍曹の表情ややり取り、少年兵たちの無垢さがあまりに輝かしく、意図せずともそうであってほしいと願わずにいられない。

ただそんなおあつらえ向きの展開にしないことこそが単なる娯楽作としてので無い、映画の本分を全うしている。

淡々とした構造の中、緩急ある弛緩と緊張、映像的なそれと裏腹に通底する感情の源泉。

憎しみと良心、共に流れる感情の混濁に、ここまで両極端なものが存在し、それらに動かされていることを知ってなお、どちらかに寄ることは出来ないという葛藤が生じる。

それぞれの立場、それぞれの思いをゴチャ混ぜにし、目の前の事実のみに翻弄されるような演出。

登場人物たちの言葉以上に表情で語る様が痛切に胸に響き、やるせなさという言葉でしか言い表せないような感情が広がる。

地雷撤去時の少年兵が語る”希望”にまつわる話も印象的で、「全て終われば国に帰れる」といったようなやり取りが交わされるのですが、そこで交わされる希望という言葉が本来の意味合いとは大きく異なり、”生き延びるために必要な最低限の希望である”という哲学を越えた重さを感じさせるところにも胸打たれる。

ポジティブに、明るさを先んじるわけでも無く、本当に薄っすらと見える光明のような微細な明かり。

わずかでも良いから願わなければ崩れてしまうような”希望”という言葉の重さ。子供らしい会話の中だからこそ抱かずにいられれない独特の含意を感じる。

ラストにおける一旦止まって振り返りまた走り出すという幕引きも良く、これで終わりでない、余白にあるそれぞれの含みを考えながら自身の現状と向き合ってみるのもまた必要なのかもしれないですね。

では。