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スパイ小説でも歴史小説でもない──『HHhH: プラハ、1942年』が読者を物語の共犯者にする理由

『HHhH: プラハ、1942年』

HHhHとは「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」を意味する符丁である。

〈第三帝国で最も危険な男〉とも〈金髪の野獣〉とも呼ばれた、ユダヤ人大量虐殺の首謀者ハイドリヒ暗殺計画がプラハに潜入した二人の青年によって決行された。それに続くナチスの報復、青年たちの運命……。ナチスとは、いったい何だったのか? ハイドリヒとは何者だったのか?

ビネは史実を題材に小説を書くことの本質を自らに、そして読者に問いかける。小説とは何か?

本著を知ったのは遡ること十数年前。

タマフルで伊藤聡さんが紹介していたのがきっかけでした。何でもそうですが、なぜか頭の片隅から消えない情報というのはあるもの。

この本もまさにそれな一冊でした。

映画同様、見たくなる作品系譜の時期があるというか、そういう枠組みの作品というのも実際にはあるわけで、ついにその流れがやってきた。

ふと冬休みに入り、手に取ったのが本著であり、無性に読みたい欲に駆られて・・・。

冒頭から歴史小説と思われた物語に語り手が登場し、現代的な読み心地を付与する。

この作用からか違和感無く、他国のことながら思っている以上にすんなりと入れたわけですが、読み進めるとこれは構造上の試みであって、物語自体は極めて重厚だということがわかってくる。

忠実に記され、時系列や出来る限りの情報を盛り込もうとする心意気。故に、チェコやスロバキア、ドイツといった国々に対し、見識が薄い私などからすると出てくる固有名詞翻弄されることも。

ただし、そこにメタ的な構造として、現代の著者視点がシンクロしてくることで不思議と理解の一助となり、道標としても機能していく。

補足したり、自身の思いを述べたり、案内役になったり。とにかくこのマッシュアップがお見事で、こうした歴史ものの構成作品は読んだことが無かったのでまずそこに驚かされる。

加えて、章立ての上手さも挙げられる。

切れ味鋭くスパッと細やかに断章するいさぎの良さ、それにより、読んでいるこちら側にもテンポ感が植え付けられ、サクサクと読み進められていく。

この辺も画期的で巧みな手法だったなと。

作品自体は基本史実に基づくハイドリヒ暗殺までの道筋を展開するといういわゆるナチもの。

そこまでの紆余曲折や市井の人々もできる限り丁寧に描き、関連する人物達の描写は細部まで描きこむ。

それにより物語への親密性が高まり、作者が物語中に登場するように、読者もまた物語の渦中を垣間見るような独特な感覚を得られる。

この辺が実によく出来ていて、感情の弛緩や緊迫さ、希望や絶望と言った心情、それら一緒くたを手元に感じることで、当時の空気感の一端ではあれど、共有出来ている確信が得られてくる。

同調圧力と盲信が生み出す暴走列車というのはこうも止めがたく、飲み込まれてしまう恐怖を秘めているのかと。

間違っていると知っていても、おかしいと思っても変えられないことがあったという事実がそこには存在する。

その中でもそれに抗おうとした人物たちの物語であって、現代には無い覚悟と気迫を持った生き様がにじみ出る。

もちろんスパイ小説的な面白さもあって、パラシュート部隊員たちがどのようにハイドリヒ暗殺を企てるのか。計画は計画であり、現実は計画通りにいかないということも忠実に描いている。

だからこそ、作り話でないリアリティがそこにはあると思うし、それぞれの思いもダイレクトに伝わってくるところもあり、葛藤や願望といった内なる部分も汲み取りたくなる。

その背景に著者の綿密な調べによる確かな考証が存在し、自身も述べているような

史実を調べれば調べるほど、それがさらに別の資料や逸話、細部への入口になって、
「ここで止める」という決断がどんどん難しくなる

という葛藤が理解できるほど、綿密に調べられているのであろうことが理解できるディテールの表現力。

骨格の堅牢さが物語をいっそう硬質にしているのは間違いなく、その辺の深堀具合も好みなところ。

とはいえ史実、考証、そこにある種見たことのない独特な形での著者の介入がクロスオーバーすることによってこそ、硬さと柔らかさ、過去と現在、様々なものを超越した世界観表出してくる。

読みやすく骨太な作品に仕上がっているというのはこういう類まれなバランス感覚と描き方の斬新さの双方からくるものなのでしょう。

淡々と進んでいく日常の描写もさることながら、ハイドリヒ暗殺の前後、それからパラシュート部隊殲滅の終盤。

この辺のスリリングさと生々しさというのは嫌でも一気読み必須の場面。

一度読みだしたら手を止めることは出来なくなるほど、映像として明確に脳内に立ち上がってくる凄みがあります。

奇しくも2026年初頭にはアメリカがベネズエラに軍事攻撃を仕掛け、大統領を拘束するという最中に読んでいたという本著。

起きたことを現実とし、過去を歴史として認識する時にはどういう見え方がするのかというのは非常に興味深くもあり、怖いところでもあるなと既に思わされる。

人の歴史は繰り返しの歴史にならなければいいと思わずにいられない、今だからこそ読むべきなのかもしれない側面も秘めた作品であったのは間違いないことでしょう。

余談ですが、新刊も最近文庫化されそちらも評判が良いようなので追々読めたらと思っております。

では。

253重要なディテールを
282「真実に無関心な人々を
284その時が近づいているー287ラスト
374物語は残酷で
375占領下のフランスでー376 3行目