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『アフター・ザ・ハント』レビュー|時間と共に歪む真実、知的論理パズルとしての傑作

『アフター・ザ・ハント』

ポスター画像


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「君の名前で僕を呼んで」「チャレンジャーズ」のルカ・グァダニーノ監督が、主演にジュリア・ロバーツを迎えて描いた心理スリラー。

アルマは名門大学の哲学教授として多忙な日々を送りながら、精神科医の夫フレデリックと2人で暮らしている。ある日、アルマの同僚で友人でもある助教授ハンクが、アルマを慕う優秀な学生マギーから告発される。助けを求めるマギーと無実を訴えるハンクとの間で板挟みになるアルマだったが、やがてアルマ自身の過去の暗い秘密が明るみに出そうになり、人生とキャリアの岐路に立たされる。

主人公アルマをジュリア・ロバーツ、告発される同僚ハンクを「アメイジング・スパイダーマン」シリーズのアンドリュー・ガーフィールド、告発する学生マギーをドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のアヨ・エデビリ、アルマの友人キム博士を「ボーイズ・ドント・クライ」のクロエ・セビニー、夫フレデリックを「君の名前で僕を呼んで」のマイケル・スタールバーグが演じた。「ソーシャル・ネットワーク」「ソウルフル・ワールド」で2度にわたりアカデミー作曲賞を受賞したトレント・レズナーとアティカス・ロスが音楽を担当。

Amazon Prime Videoで2025年11月20日から配信。

真実というものは最初から存在せず、揺蕩いの中、自然的に構築されていくものなのかもしれない。

ルカ・グァダニーノ監督による作品ながら日本での劇場公開は無し。

良質な監督であっても、作品内容、興行収入的な部分から、こういうことが増えるであろう世界線となっている現在。

複雑な哲学的やり取り、構成される内容の多様的解釈。集中して観たとしても、初見でわかることはそう多くないのではと思わされる。

それくらい知的論理パズルをやらされているような周到さ。

ただ、出てくるキャストはそれほど多くなく

・アルマ(ジュリア・ロバーツ)

・マギー(アヨ・エビデリ)

・ハンク(アンドリュー・ガーフィールド)

・フレデリック(マイケル・スタールバーグ)

・キム博士(クロエ・セヴィニー)

この面々が主な人物達。

冒頭から時の経過を知らせる時計のカチカチという音とともにアルマの行動が淡々と流れていく。

最初はなぜこの演出なのかと思いつつ、そこからタイトルが出た時の楽曲、画的な美しさに目がいく。

監督自身、ウディ・アレンからの影響を強く受けていると述べている通り、確かにアレン味の強いエレガントさを感じさせる。

ちなみに全編を通しての音楽はトレント・レズナー & アッティカス・ロスとなっており、昨年の『チャレンジャーズ』とはまた違う独特な嫌さ、スリリングさを担保しているところも注目ポイント。

前作は高揚感に似たようなスリリングさ、そして本作はキリキリと身につまされるようなスリリングさ。

共にトレント・レズナーらしさを感じさせるものの、本作ではよりインダストリアルで嫌味のあるサウンドが耳に残る。

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ルカ・グァダニーノ作品において”性”を過剰に扱っていない作品というのも稀有なところであって、それ以上に道徳や倫理といった複雑で入り組んだ問題にフォーカスを当てているというのも予想と異なるところであり、個人的には大好物な話。

年を重ねればこそ、アルマやハンクの視点が刺さり、逆にマギーの視点には疑問符が付くところも。

実際の構造としてもマギーの不可解さというのは存在するところでもあるだろうし、何より、発言、行動の所在の無さを感じさせるところに不可解な疑念が常に付きまとうことに。

それは全演者に言えることでもあって、とにかく全員の確かさがどこにあるのか、真実は本人にしかわからないという前提に立った上で、その本人が正確な物言いをしているかがそもそもわからないというのが非常に面白い観点であり、見せ方の上手さが光る。

正当なのか、捻じ曲げられたものなのか、解釈の齟齬や隠蔽が交錯し、それらが時間の経過とともに一層の真実性を失っていく。

ちなみにこう考えた時、序盤での秒針による、音の華美性にも納得がいく。時間の経過を誇張し、いっそう際立つものとして表現しているのではないだろうかと。

時の経過により、記憶の中の真実は風化したり増幅したりしていくもの。それにより真実は曲がりならない道を辿り埋没する。

哲学の授業や会話を通してのやり取りの中においてもそのような気付きが散りばめられており、フル回転で頭を使ってもどこまでその構造を認識できるのか。

常に渦中の中心にあったように思うのは”正しさ”ということの所在であり、そこから派生する”真実”や”現実”、”関係性”というものがあったように思う。

序盤でのアルマ宅でのパーティからそうした事柄は端を発しており、マギーがアルマに好意があり、そこからふとあるものを見つけてしまうという流れもまさにきっかけであり歪みへの入口。

そのことから疑念が芽生えたように見えたものの、実際にはそれ以前からアルマの身辺を探っていたようにも思えてくる。

あくまでもアルマへの好意から、何かしらの繋がりを欲していたというような理由だろうけれど、その真意も実際のところわからない。

行為としての、発言としての、振る舞いとしての、起きているところ以外は各々の想像であり、予測でしか無いのだから。

要するにマギーとアルマの境界線も、アルマとハンク、マギーとハンク、アルマとフレデリック、人間関係による線引というのも当人たちですらどこまでが本当で、どこからが偽りなのか、正確に把握することなど到底出来ない。

同様に終盤で授業の最中、生徒とアルマが言い合いになる場面での会話もそう。

哲学や道徳といった高次の学問に終始し過ぎることで、頭でっかちになり、目の前にある実際の現実が見えづらくなる。あくまでも現実をより良く理解するために哲学などの学問があるはずなのに、それらを解釈するために現実を捻じ曲げて見てしまう。

これがラストにも繋がりところで、文字通り「カット」という声が入ることで映画と現実の線引きを認識させられる。

映画だと解釈することで現実とは違うと見るのか、現実を映画と関連させて解釈するのか。

理想と事実という2つの事象をどのように捉えることが必要なのか。

曖昧なことであるのは百も承知で、手段と目的を履き違えることも間々あることでしょう。

その問いに結論を出すこと無く、鑑賞者に投げかける視点というのもまたルカ・グァダニーノ監督ならではの帰結であって、非常に余韻の残るようなエレガントな終幕。

要素としてはミニマルながら、深いところまで切り込まれ、練り込まれた作品となっており、演者の豪華さ、映像的な質感の良さが堪能できるメチャクチャ良い作品でした。

映画館で観れないのは残念でしたが、確実に観た方が良い作品ではありますので。

では。

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