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『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』ファンサービスと混乱する世界観の行方

ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』

ポスター画像


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現代によみがえった恐竜たちの姿をリアルかつスリリングに描いて人気を集めるメガヒット作「ジュラシック・パーク」シリーズの最終章。

2015年の「ジュラシック・ワールド」でメガホンをとったコリン・トレボロウが再び監督に復帰し、シリーズ生みの親であるスティーブン・スピルバーグが引き続き製作総指揮を担当。「ジュラシック・ワールド」シリーズの主演クリス・プラットブライス・ダラス・ハワードに加え、「ジュラシック・パーク」初期3作で中心となったサム・ニールローラ・ダーンジェフ・ゴールドブラムが演じる3人の博士もカムバックする。

ジュラシック・ワールドのあった島、イスラ・ヌブラルが噴火で壊滅し、救出された恐竜たちが世界中へ解き放たれて4年。人類はいまだ恐竜との安全な共存の道を見いだせずにいる。恐竜の保護活動を続けるオーウェンとクレアは、ジュラシック・パーク創設に協力したロックウッドの亡き娘から作られたクローンの少女、メイジーを守りながら、人里離れた山小屋で暮らしていた。そんなある日、オーウェンは子どもをつれたブルーと再会。しかし、その子どもが何者かによって誘拐されてしまい、オーウェンはクレアとともに救出に向かう。一方、ある目的で恐竜の研究をしている巨大バイオテクノロジー企業のバイオシンを追っていたサトラー博士のもとには、グラント博士が駆け付け、彼らはマルコム博士にも協力を求める。

監督が再びのコリン・トレボロウに戻り、前作の流れをどこまで踏襲するのかというところでしたが、引き戻すのは難しかったのか。

もはや恐竜大喜利として展開するのであればそれもそれなんですが、個人的な理想とする世界観とは違う方向へ。

本作も恐竜アドベンチャーというよりは何ともゴチャ混ぜな名作のオンパレード感。

これまたインディー・ジョーンズ的なるアドベンチャーを想起させる松明を用いた地底捜索、シリアスかつミステリアスな会話劇、かと思えばジョーズのような迫りくる恐怖を描くシークエンスなどもありますし、ファンタジックな子恐竜やその他の恐竜との触れ合いなども。極めつけはどことなくスター・ウォーズを感じさせるカットや展開などもあり、とにかくカオス世界が半端じゃない。

全体を通してモンスターパニックものかと思うようなところがあり(特にエイリアン味を感じる)、こちらとしては恐竜を中心とした話が欲しいわけですが、なんだか本腰が入らない。

1から存在していた人間のエゴによる恐竜との末路を描いていたのはわかるんですが、それ以上にシリアスさを抽出してドラマ化しつつあるというか。

恐竜って結局人間のエゴにより生み出したわけで、だからこそアンタッチャブルな存在だったわけですよね。

ジュラシック・ワールドで見せた、それでも感覚的な部分、信頼におけるところから恐竜も他の生物同様、少しは理解できる部分もあるのかもしれない、というところまではわかるんですよ。

ですが、そこからの、より調和し、理解でき得るという設定が馴染まない。

実際、街では人々が無差別に襲われているわけで、この辺の線引がどのような塩梅なのか。

初作からの流れで歴代の主要人物を登場させるのもSW同様、従来からのファンサービスとして、やや過剰味を感じますし、死にキャラも物足りない。

主要人物たちでさえ危機に瀕し、なんなら殺されたりというのがあったはずなのに、徐々に、絶対に死なないキャラがわかるような作りになっていってきているところも同様。

それぞれのキャラクターが平行的に物語として進行し、要所でクロスオーバーする感じや、それらの収束に向け、諸々が解決していくという。これも何かカタルシスが弱いといいますか。

シリーズの宿命として、人間社会の宿命を重ね合わせると皮肉なところだよなとは思わされる。

好奇心や、驚き、そしてそれらをより良くしたいという前向きな気持ちに始まり、徐々に慣れやオマージュ、下敷きがある状態での制作により、大番狂わせ的強行に出づらくなってきてしまう。

実際企業やコミュニティなんかもそうですよね。

新進気鋭の、新興組織、新しい事業の、新しい試みの、そうしたものって当初は斬新性と革新性によって大きな衝撃をもたらすものの、それが永続的に継続することは不可能。維持することすら難しいわけで、そこが苦しむウィークポイントになることがある。

作品のサブタイトルよろしく、新たなる支配者が本当に登場して、全く新しい風が吹かない限りは世界観の逸脱は難しいのかもしれません。

とはいえ映画、ジュラシック・パークという世界を起点とした作品から完全にブレることはシリーズとして不可能なわけでして、それ故に難しいところではあるよなと。

一旦はこれで世界として一区切り付き、その後のシリーズに繋がっていくわけですが、どうなることか。

では。