『HEARTBREAK』
ジャケットデザインからして最高。
海辺の空気のように、ふとした感情の揺らぎをすくい取るイントロから静かに始まる。
“Squall -heartbreak Prelude-”のさざめきは、波打ち際に立ったときのあの感覚に似ている。音の粒がきらきらと舞い、これから何かが始まるとでも言うように、心に入り込んでくる。そんな導入の巧みさに惹かれているうちに、アルバムはそっと幕を上げる。
2曲目“Hey Mr.beat”のイントロからは、小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」的なコード進行のぬくもりが感じられ、どこか懐かしく、けれど時代を超えた新しさをも纏っている。ダフトパンクのようなファンクの香りをまとったサウンドと、抜けの良いスネアの心地よさ。そして、「人生は短い、残された時を暇つぶしまくろう」と歌われるそのワンフレーズは、ただの名言ではない。まるでその言葉の意味を体現するかのように、アルバムのすべてがそこから動き出すというのも非常に好きな始まり方。
“Baby Lover”では、隠された思い出が静かにほじくり出されるような感覚になる。ピアノとストリングスが絡み合い、アフロビーツの柔らかなリズムが伸びやかなボーカルを包み込む。ビーチボーイズを思わせるハーモニーが遠くで反響し、音が重なるたびに、過去と現在が曖昧にシンクロしていく。
“Away”のシンセサウンドは、まるで海底を漂うクラゲのよう。ハイハットの細かな刻みと、水滴が滴るようなバックサウンドが、水中にいるかのような錯覚を与える。聴いているうちに、いつのまにか深く沈んでいる。終始海の中と外を行き来するような楽曲が多いというのもアルバムを通しての満ち引きの感覚と呼応する。
“1987”では一転、デトロイトテクノ的な硬質さが顔を出す。けれども無機質になりすぎないところが西寺郷太らしく、記憶の中の都市の風景がちらつく。
続く“I Know I Wanna”では、カミーノ・ザ・ファンクとザ・ヘアー・キッドを迎え、ビートがぐっとマイケル的に引き締まる。スネアの抜けが本当に気持ちよく、過去のポップスのDNAを現代的に再構築しているのが伝わってくる。
“ Holding Back The Years”で再び水中の情景に戻る。どこか遠くで鳴るような音響と、浮遊感あるシンセの重なりが、時の流れそのものを音にしたかのよう。
“Music Boys”はインディーフォークのようでいて、カントリーのような、そんな牧歌的な匂いをもつ。高原の朝のような、すがすがしい気配があるのに、どこか切なさも残る不思議なトラック。
アルバムタイトル曲“Heartbreak”は終盤に置かれているが、そのアコギの音色と声のハーモニーは、まさにクライマックスにふさわしい。決して派手ではないが、静かに感情をさらっていく。ここまで積み上げられてきた音と時間が、ぎゅっとひとつに凝縮されているよう。
そして“Forth -heartbreak Postlude-”へ。冒頭の“Prelude”と呼応するような響きの中で、静かに幕は降りる。まるで波がすべてをさらっていくように。
このアルバムは、単なる楽曲の寄せ集めではなく、ひと夏の思い出を綴る物語のように感じる。
始まりと終わり、あらゆる音が一本の糸で繋がれている。どこか懐かしく、でも新しく、何度も聴き返したくなる。そのすべてが、“HEARTBREAK”というタイトルに包まれている。
全10曲、35分というコンパクトさも非常に聴きやすく、何度もリピートするにはこれくらいの感じが丁度良い。
夏が始まる。
では。
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