『SARU (上下巻) IKKI COMIXコミック』
●主な登場人物/奈々(フランス留学中の日本人学生。自分でも気付かぬうちに黒魔術にかけられていた)、ナワン・ナムギャル(プータン出身の僧侶で、伝統ダンスの名人。奈々が黒魔術にかけられていることを一目で見抜く)、イレーヌ・ベアール(自らを孫悟空と名乗る謎の少女。キリスト教会より“悪魔”の可能性があると認定される)、カンディド・アマンティーニ(バチカンの公式エクソシスト)
●あらすじ/自身にかけられた黒魔術をきっかけに、謎の若人・ナムギャルと知り合った奈々は、彼とともに世界各地に痕跡を残す“猿”の正体を追うことに。その過程で、自らを“孫悟空”だと名乗る少女と出会い…?
●本巻の特徴/いにしえより世界各地にその姿を現し、畏れられてきたモノ“猿”。そして現代、人類はその存亡を懸けて、“猿”と対峙することになる! 古今東西の神話・伝承などを網羅しつつ、誰も見たことのない世界を現出する、五十嵐大介渾身の単行本描きおろし作品!!
上下巻ながら、1本の映画を観ているかのような圧倒的スケール。
五十嵐さんの作品は全てが壮大に見えるわけですが、その主要因としてあるのが”緻密な描写力”。
書き込みの細やかさ、丁寧さが光り、画的な充足感が随所に見られる。
最初にタイトルを見た際、これはどういう物語なんだ、と思ったわけですが、読み進める中でなるほどなと思わされるような展開と広がり。
世界を舞台に、テンポの良い話運び、国や都市を明示し、世界を旅するように作品内の謎を追っかけていく心地良さ。
どれだけの知識があればここまでの世界観を表現できるのかと思ってしまうほど、理解できないような文化的、歴史的背景が織り込まれ、それが事実かどうかということ以上に、漫画内世界での完結が成されているからこそ、作品自体に没入してしまう。
一見するとキャラクターや場面の多様さから小難しさもあるかと思いつつも、読み進める上でそれほど気にならず、収束へと向かう話運びの上手さというのも特筆している。
五十嵐作品の冥利が先に書いた書き込みの部分にあると思うわけですが、構図のダイナミックさや大胆さというのもそれらをドライブさせる機能を有しており、扉絵や見開き、ページを捲った時の画などにハッとさせられることもしばしば。
ざっと思い返しても上下巻合わせて4,5回ほど、そういう体験が。
物語の普遍性というものも内包しており、文化の喪失であったり、継承、世界のバランス、といったような時代の経過に伴う変化をつぶさに観察し、面白く組み込まれている。
設定もそうで、過去から未来へとつながるような流れの中、人物たちがタイムレス感を纏い、同時に匿名性と実名性が共存している。
特に好きだったのが食事シーンですね。
ピサロの食事シーンがどことなくグロテスクさとカオスめいた組織感が垣間見え、それでいてなぜか食事が美味しそうにも見えてしまう不思議さ。
黒魔術、白魔術、ウォッチャー、暗殺団、孫悟空、シンギング・ウェル、挙げればきりが無いくらい設定が興味深く、漫画的であり、どこか現実味もある。
漫画にしか出来ない表現を理解しつつ、どう表現し、どのように纏めるのか。
それらを熟知した五十嵐大介だからこそ出来る短編な気がします。
ちなみにですが、これはどうやら伊坂幸太郎「SOSの猿」という小説と対になっている作品でもあるということなので機会があればこちらも見てみたいと思います。
では。