『それから(1985)』
漱石の名作の映画化。
生きるためだけに働くのは非人間的だとして“遊民”の生活を送る代助(松田)は、かつて友の本望に殉じて密かに愛し合っていた三千代(藤谷)を平岡(小林)に譲るが、三千代は代助を愛し代助を待ちながら、世俗的な平岡のもとで苦しんでいた。
やがて代助は愛を告白するが、友と家からの絶縁が待っており……。
明治末期の雰囲気を忠実に再現し、森田独特のリズムと映像美に貫かれた恋愛映画の傑作。国内の多くの映画賞を獲得した。
夏目漱石自体はそこまでではあるんですが、本作の映画として含みある芳醇さは十分に堪能させてもらいました。
こうした松田優作の役柄、演技は初めて見たのですが、これがまた渋くてカッコ良い。
哀愁漂うのに、どことなく艶感のある人間味を伴った存在感。颯爽とした佇まいから受けるイメージも相まり、どうしようも無い男のはずなのに何故か魅力的に見えてしまうという。
その辺に関しては監督である森田芳光のこだわりからくる部分もあるんだと思うんですが、本作におけるそうした要素というのは時代背景含め、一層美しく感じました。
そのように感じた理由はいくつかあると思うんですが、まず衣装ですよね。
男性に関してはスーツスタイルを基本とした和洋折衷スタイル。
リネン等、緩めの素材感で季節や雰囲気作りを助長し、ラフさの中に風情みたいなものを感じさせる。ハットの使い方も気が利いていて、スタイルへのこだわりがあるからこそ出来る合わせなんだろうなということをビンビンに感じさせてくれる。
配色のセンスなんかも良いんですよね。
淡いトーンを基調としており、だからこそ人柄としての淡白さと玄人感が滲み出てくる。
他の人物のスタイリングもディティールのこだわりを感じさせるものが多く、事細かく見れば気付くことが多い気がする。
あとは画角へのこだわりですよね。
特に感じるのが人物を同画角に収めての収まりの良さがあるなと。
奥行きを利用したり、幅の取り方などを利用してとにかく同一画角にベストな状態で収める。
絵画的なバランスの取り方だよなと思う部分もありつつ、そこでの会話や表情、フォーカスの当たり方などから視線や関心を誘導し、画角内での飽きが生じない。
奥行きも見事なくらい豊かに表現され、画作り自体に深みが出るんですよね。
寄りと引きのコントラストをわざとらしい感じでなく、あくまでも自然の営みの中で生じるそれとして表現し、そこに情緒と趣を与えてくれる。
お話としては現代と全く世相感が異なる時代背景を前提に捉えないといけないと思いますが、当時の肌感覚としては真に難しい心情になることなんだろうなと。
それが代助と三千代の表情や仕草を見ているだけでもヒシヒシと伝わってくるんですよね。
人の心は以前から難しく、その時世によって変化することはあっても、本質的な心の変化というのは無いのかもしれないなとすら思えてくる。
何を選び、何を信じ、どう行動するのかというのはあくまでも個人に寄る処。
のうのうと生きているように見える代助であっても家族と接する時、平岡と接する時の遠慮がちで伏し目がちな姿を見れば、心中思うように穏やかだったかというところは本人以外には知る由もない。
その辺の演技も上手いんですよね。松田優作は。
いずれにせよ話の展開以上に映画としての画作りの巧みさ、美しさに触れ、描写するということの流麗さに触れてみてはいかがでしょうか。
では。