『ワン・フロム・ザ・ハート』
ラス・ベガスを舞台に3人の男と3人の女の恋と別離を描くミュージカル・ロマンス映画。
グレイ・フレデリクソンとフレッド・ルースが製作、バーナード・ガーステンが製作指揮を担当。監督は「地獄の黙示録」のフランシス・フォード・コッポラ。原案・共同製作はアーミヤン・バーンスタイン、脚本はバーンスタインとコッポラが執筆している。
撮影はヴィットリオ・ストラーロだが、ストラーロはアメリカ撮影者協会員ではないので撮影監督のクレジットはロン・ガルシアに与えられている。
音楽はトム・ウェイツが作り、彼とクリスタル・ゲイルが歌っている。
出演はフレデリック・フォレスト、テリー・ガー、ナスターシャ・キンスキー、ラウル・ジュリアなど。テクノビジョンで撮影。ドルビー・ステレオ。
日本版字幕は戸田奈津子。メトロカラー、スタンダード。1982年作品。
古き良きアメリカの心象風景。もうこれが全てと言ってもいいかもしれないほど、そうしたアメリカナイズドを出来うる限り綺羅びやかで豪華に彩られた映像的美の演出。
トム・ウェイツの音楽とも相まり、物凄く優雅で耽美な映像体験でした。
まず冒頭からなんですが、暗闇の中カチカチと音だけが鳴り出す。
最初、「なんだ」と思っていたんですが、作中でこれは何度か鳴っており、その度に時間というものを意識させられる。
映画自体の性質として恋愛を主題に置いていることもあり、その時の経過というものが無情にも慈しみにも変わるような、かけがえの無さみたいなものを感じるように思うとその時という抗えない実感を伴わせてくれるように感じる。
そこから一気に豪華絢爛な世界へとタイムスリップさせてくれるわけですが、この加減が尋常じゃない。
全編スタジオでの収録らしく制作費約2,600万ドルと莫大過ぎる費用。それに対し興行収入は63万ドルと差引約2,500万ドルの赤字とのこと。
「どれだけだよ」と思うんですが、見れば納得の豪華さではあるんですよ。まあ当時にしてはですけど。
なので結果だけを見ると、全然流行らなかったらしいのですが、今だと『ラ・ラ・ランド』であったりといったようなクラシカルで綺羅びやかな映画の原点だったんじゃないかと思わされるような点も見受けられる。
今にしてみるとそうした恩恵もあるように感じますし、恋愛における箱庭感というのもあるのかなと。
というのも、恋愛ってどこまでいっても個人対個人の狭い世界の物語だと思うんですよ。
それをスタジオという箱で制作することで作り物感が多分に漏れ出ているわけだし、冒頭、フラニーがディスプレイとしてニューヨークを表現しているのも恋愛のモチーフとしての世界表現と考えられる。さらにその中である種ミュージカルのような演出や効果が加えられているというのも恋愛の構造そのものじゃないですか。
物語性としてはかなりチープですし、その表現にも深みがあるようなものには見えないともいえる。
でも、恋愛の本質ってくだらないことを当てもなく歩みながら時に間違い、時に悩み、時に喜び、時にすれ違ったりしながら進んでいくものじゃないですか。
それなんですよ。
この映画で描かれているのは。
恋愛という魔法にかかっている目線から表現する時、これだけの作り物感、綺羅びやかさというのが誇張されるわけで、一度その世界に入ってしまえば気持ち良く観れてしまう。
穿った見方をしていると没入出来ないわけで、とにかく映画に没入し、その世界にズブズブに浸るということが重要なわけです。
それ以外の映像的な部分でいうと外連味のあるカラーリングも良かったですし、恋愛中のお互いのシンクロ表現として見える重なり合う二人の表現、シームレスな場所を繋ぐカットの割り方、妙に艶感のある街の風景など、画作りへのこだわりを感じさせてくれました。
それにしても誰が出ているのか気にせず観始め、ナスターシャ・キンスキー出てきた時、「誰だ、この綺麗な人は」と驚きましたよ。
『パリ、テキサス』を観た時もどうでしたけど、彼女の綺麗さは目を惹きますよね。ちょっとレベルが違う。
そんなコッポラ作品の中では異端かつ、あまり評価も高くないかもしれませんが、恋愛いおける恋愛性を良く表現したような夢物語的作品。
個人的にはこの映像表現だけでも一見の価値はあるかと思います。
では。