やはりフィンチャーのソリッド感はたまらない。
「緻密な計画なのに笑いあり!フィンチャーのソリッドな世界観で楽しむ新しい殺し屋像『ザ・キラー』」
「セブン」「ファイト・クラブ」「ソーシャル・ネットワーク」など数多くの名作を生み出した鬼才デビッド・フィンチャー監督が、アカデミー賞10部門にノミネートされた前作「Mank マンク」に続いてNetflixオリジナル映画として手がけた作品で、マイケル・ファスベンダーを主演に迎えて描いたサスペンススリラー。
とあるニアミスによって運命が大きく転換し、岐路に立たされた暗殺者の男が、雇い主や自分自身にも抗いながら、世界を舞台に追跡劇を繰り広げる。アレクシス・ノレントによる同名グラフィックノベルを原作に、「セブン」のアンドリュー・ケビン・ウォーカーが脚本を手がけた。撮影は「Mank マンク」でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミット。音楽を「ソーシャル・ネットワーク」以降のフィンチャー作品に欠かせないトレント・レズナー&アティカス・ロスが担当した。
主人公の暗殺者を演じるファスベンダーのほか、ティルダ・スウィントン、「Mank マンク」のアーリス・ハワード、「トップガン マーヴェリック」のチャールズ・パーネルらが出演。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。Netflixで2023年11月10日から配信。それに先立ち10月27日から一部劇場で公開。
フィンチャー作品で一番好きなのはおそらく「セブン」なんですが、もしかしたらこの作品は後々、それを越えてくるかもしれません。
ちなみに本作の脚本は久々に組んだアンドリュー・ケヴィン・ウォーカー。セブン以来のタッグですかね。
当初の出演オファーはブラッド・ピットだったらしく、本人が「自分のキャラクターと異なる」という見解を示したことで、ファスベンダーに落ち着いたらしい。
観終わってみればファスベンダーがハマり役過ぎて、ブラピverを想像出来なくなってしまいますが。
そんなフィンチャー作品を語る上で、重要な要素だと思っているのが「緻密に計算された諸々」と「切れ味の良いソリッド感」。本作もその辺は完全に網羅されていましたね。
まず作品自体が既に緻密さが要求されるような仕事を取り扱っている。
モノローグで話が進行していく中、繰り返し出てくるのが「計画通りに」「誰も信じるな」「予測しろ」「即興はよせ」「対価に見合う分だけ」というもの。
これがすでに緻密さを構成しているし、殺し屋という職業自体、他に無いほど緻密さを要求されるのは間違いないと思う。
面白いのがその緻密さと相反するような滑稽さがあり、ある種のコメディ映画としても成立してしまっているところ。
殺し屋とて所詮人間に変わりなく、今まで見てきていたような完璧な殺し屋像とは異なる主人公の在り方に共感すら覚えるし、笑えてしまう。
冒頭のファーストミッションの失敗なんてその最たるものですからね。
あれだけ待って、それが重要だと語り、周到に準備したのに抜け目もある。そしてあの結果ですからね。
ハンバーガーのバンズを食べず、高たんぱくで手軽に食を取ろうとするなんてところもなんか筋トレに目覚めた学生のようですしね。
一見すると殺し屋っぽい肉体維持に重きを置いた、効率的な食事に見えて、どこかバカげた中二病感がある感じ。
聴いている曲もザ・スミスですからね。
ただこの曲のチョイスも良いんですよ。
キラーに抜群に合ってる。
原作はフランスのグラフィックノベルを基に制作しているようなんですが、どうやらその原作性はほとんど失われているらしく、原作はもう少しシリアスで、分かり易い完璧な殺し屋ものとのこと。
原作はニューヨークタイムズ紙で”この10年間のベスト・グラフィック・ノベルの一冊”と言われた傑作。
ベースとなった原作「The Killer」は、ストーリーをマッツこと、アレクシス・ノラン、作画をリュック・ジャカモンが担当した世界的人気のグラフィック・ノベルである。
ニューヨークタイムズ紙で”過去10年間のベスト・グラフィック・ノベルの一冊”と評されている。
その脚本上の改変が中々やるなという感じですよね。
ラストでキラーは「私は多数のうちの一人」といっているのもそれらを物語っていて、結局は殺し屋とて他の職業と変わらず、他の人と変わらない、われわれ視聴者と同様の世界線で、地続きにあるはずだという視点を付与してくれるから憎めないキャラクターに仕上がってくるのかと。
この緻密さとのアンバランスさを同居させるのはフィンチャー作品では珍しいんじゃないでしょうか。
どちらかというと緻密さのみを追求するような印象だったので。
だからと言うか、笑っていいのか、笑えるシーンなのかがわからず、見入ってしまったんですよね。特に前半部は。
これも二度、三度と観ていくと印象が確実に変わるでしょうし、観方自体も変わってくるのは間違いないでしょう。
そしてもう一つ、ソリッド感。
映像的にもサウンド的にも相変わらず作り込まれていて、メチャクチャソリッドなんですよ、そもそもが。
それが物語上となると、逆にアンバランスさが出てしまって、妙な仕上がりに見えてしまう。これは褒めてますが。
どこまで準備され、どこまで素で、どこまで狙っているのか。
殺し屋然とした描かれ方だけであれば、そのソリッドさはどこまでも鋭くなるだろうし、全く驚きはしないんだろうけど、このキラーという殺し屋像は何が起こってもおかしくないと思えるからこそ、終始気を抜けないところがあって、それが非常に面白い作りになっているんですよね。
ヒリヒリするような緊張感が漂っているのに、滑稽な人間味が共存する感じ。
映像的に研ぎ澄まされているからこその緩急なんでしょうけど、それをフィンチャーがやるというのが意外だなと思ってしまいます。
この辺もどちかかというとスタイリッシュ一辺倒なイメージだったので。
そんな二つのバランス感なんですが、映像的には確実にフィンチャー印なんですよ。
緻密に練られた構図とサウンド、映像的な演出。
構図はいつも通りバチっと決まっていましたし、サウンドは特にSE的な部分が際立っていたなと。
アクションに伴うものであったり、モノに伴うものであったり。とにかく細かいSEが凄くソリッドに迫ってくる。なので映画館必至。
サントラ自体もいつも通りトレント・レズナーとアッティカス・ロスが関わっており、サントラ流しながら日常を過ごすと、気分はもうキラーそのもの。
なんかちょっとした没入感が出てきますからね。
作為的なカットの割り方やテンポの良いMV的な映像も相変わらずいいですね。
音楽を聴く際の主観、客観視点の切替なんかも良く作られているなと。
ファーゴやゴーン・ガールなどを撮った、エリック・メッサーシュミットが撮影しているということもあり、画面の暗さと湿り気あるトーンなんかもキラーの雰囲気を体現している気がしました。
まあいずれにせよ色々なアンバランスさが共存したフィンチャー世界を堪能できるというのは面白い作品でした。
ネットフリックス制作映画となっていますが、映画館で観れるのであれば是非映画館をおすすめしたい作品ですね。
では。