「自然との共鳴、喪失感の探求:『ハナレイ・ベイ』が問いかけること」
2005年に発表された村上春樹の短編小説集「東京奇譚集」に収録された同名小説を吉田羊、佐野玲於、村上虹郎のキャストで実写映画化。
シングルマザーのサチは、息子タカシがハワイのカウアイ島にあるハナレイ・ベイでサーフィン中に大きなサメに襲われて亡くなったという知らせを受ける。
ハナレイ・ベイに飛び、タカシと無言の対面を果たしたサチは息子が命を落とした海岸へ向かい、海を前にチェアに座り、本を読んで過ごした。それ以来、タカシの命日の時期になると、サチはハナレイ・ベイを訪れ、同じ場所にチェアを置いて数週間を過ごすようになった。
あの日から10年、サチは偶然出会った2人の若い日本人サーファーから「赤いサーフボードを持った『右脚のない日本人サーファー』がいる」という話を耳にする。サチ役を吉田、タカシ役を佐野、日本人サーファー高橋役を村上がそれぞれ演じる。監督は「トイレのピエタ」の松永大司。
予想と異なるテイストでしたが、村上春樹原作と聞けば納得の仕上がりかなと思います。
情報を全く入れずにただただサーフィン映画として観たのが事の始まりで、このポスタービジュアルからも全く想像できないような趣になっていたというのが正直なところでした。
詩的であり、精神的。村上春樹作品にある、独特な世界観というのは映画でもよく表現されており、映像作品としても美しいものになっているなと感じました。
サーフィンといえばそのアクションシーンが見ものでもあるわけですが、、唐突に訪れるプロット上の転換や展開が村上春樹らしいもので、アクション面へのフォーカスというよりもそれらと映像的な部分の調和性を重視し、それが非常に良く作用しているんですよね。
映画的な部分ととして印象的なのが作中でのサウンド全般。
自然音と無音の使い分けが匠で、ハナレイ・ベイの豊かな自然、音そのものに耳を奪われるような作りがサーフィン映画として非常に相性いいなと。
自然との一体感や調和を重んじるスポーツなだけに、そのリアルで生の環境音を過剰に拾うのでなく、あくまでも自然に拾いつつバックサウンドに乗せていく。
よく自然豊かな景勝地に行くとあるような感覚ですが、その場に立った時の際立つ自然音ってあるじゃないですか。それが良く表現されていて、下地にあるプロットとも相性が良いんですよ。
そうした場面意外をほとんど無音にしているというのも効果的で、日常の生活ってほとんどが実際は無音じゃないですか。だからなのか、よりライフスタイルをリアルに感じられるといいますか。
あと、序盤と終盤で流れるIggy Popの「The Passenger」が最高過ぎますね。使われ方も良くて、物語的な静の部分と対比されるようなエッジの効いたサウンド。
詩的にも夢を追い、何かを追いかける放浪者を称賛するような、サーファーにとってこれ以上無いものになっているんですよね。
それが正解かどうかはわからないけど夢を追う姿を賛美するような歌詞を、心地良いうねりのようなビートに乗せるイギーのボーカルが耳から離れない。
余談ですけど、この曲は親友であるデヴィッド・ボウイのツアー中に書かれた曲のようで、コーラスにボウイ自身も参加しているようです。
この曲の使い所は是非チェックしてほしいですね。まあ絶対に自然と耳に残ってくるとは思いますが。
そして演者も素晴らしいです。
特にメインで出てくる吉田羊と村上虹郎,佐藤魁の二人組。
吉田羊に関してはハマり役過ぎて、現実の物語を観ているかのような演技力。以前から演技派とは思っていましたが、自分が見た中では一番それを感じましたね。
表情や間合い、バックボーンにある内面性なんかもシンプルに伝わってきますし、発言や行動、仕草に至るまでが練り込まれている気がする。
表現という意味においての説得力ある演技に仕上がっているんですよね。
村上虹郎、佐藤魁の二人組もすごく良かった。
こういう二人組のサーファーっていそうだよなと思いますし、この物語においての必然性みたいなものを感じさせる立ち位置。良かったですね。
それにしてもサーフシーンというものに重きをおいた作品でなく、精神性、物語性に寄ったサーフィン映画というのも良いですよね。
本作では「喪失感」みたいなものを軸に構築されていると思うんですが、この喪失感とサーフィンって切っても切れないですからね。
そこに村上春樹流の問いを加えて、松永大司監督のアレンジが加わる。
人って喪失感を埋めるために何が必要なんでしょうね。
思い出もその一助になるでしょうし、上書きすることもそうかもしれない。新しい出会いがそうさせることもあるだろうし、何度も回顧することで消化されることもあるかもしれない。
正解はないことだと思うけど、皆何かしらのそれを行っているし、誰しもが一度や二度は喪失感に苛まれることもあるはず。だからこそこういう物語って響くんでしょうね。
中でも作中で吉田羊演じるサチが終盤で言う「私はこの土地(ハナレイ・ベイ)を受け入れようと思っているんです。でも、この土地は私を受け入れてくれない気がする。それでも私はこの土地を受け入れなければいけないんでしょうか」という問いには喪失感自体への、自分自身への、もっと深いところにある問いな気がしてなりませんでした。
人を受け入れることと受け入れられること。
よく自分が心を開かなければ、相手も開いてくれないというのは聞くところではありますが、その本質はどういうことなのか。
自然とサーフィン、サーファーという生き物の存在を透かして見えてくる、「ありのままを受け入れる」ことの必要性が解決の糸口になるのかもしれません。
そんなことを思いながら、この物語に浸ってみるのも良いかもしれませんね。
では。
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