忘れてしまった未来への感覚。
『カモンカモン』
「20センチュリー・ウーマン」「人生はビギナーズ」のマイク・ミルズ監督が、ホアキン・フェニックスを主演に、突然始まった共同生活に戸惑いながらも歩み寄っていく主人公と甥っ子の日々を、美しいモノクロームの映像とともに描いたヒューマンドラマ。
ニューヨークでひとり暮らしをしていたラジオジャーナリストのジョニーは、妹から頼まれて9歳の甥ジェシーの面倒を数日間みることになり、ロサンゼルスの妹の家で甥っ子との共同生活が始まる。
好奇心旺盛なジェシーは、疑問に思うことを次々とストレートに投げかけてきてジョニーを困らせるが、その一方でジョニーの仕事や録音機材にも興味を示してくる。それをきっかけに次第に距離を縮めていく2人。
仕事のためニューヨークに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことを決めるが……。
「ジョーカー」での怪演でアカデミー主演男優賞を受賞したフェニックスが、一転して子どもに振り回される役どころを軽やかに演じた。
ジェシー役は新星ウッディ・ノーマン。
思ってた以上に深みのある話でした。
マイク・ミルズ監督と言えば自分の身の回りの出来事を俯瞰したような作品が多い気がしますが、本作は子供という部分にフォーカスした作品。
子供が産まれ、子育てに関わる中で、インスピレーションを得たとのこと。
自分の子供をお風呂に入れている時に思いついた作品とのことだったんですが、それにしても良く練られている。
対象はあくまでもミニマルなのに、方向性は全方位になっているところがあるなと思っていて、今まで以上に社会というか人生というか、全体的な視点を持って作られた作品だと感じた。
その俯瞰した視点と局所的な視点がカメラワークにも良く出ていて、主人公であるホアキン・フェニックス演じるジョニーとウッディ・ノーマン演じるジェシーを寄りで撮ったり、隙間から覗いているような撮り方は、あくまでもプライベートで閉鎖的。
対して町を空撮していたり、空や風景を切り取る感じは開放的。特にロングショットで撮られているシーンは雰囲気があってかなり好み。
カメラワークもさることながら、トーンと言いますか、この画作りの感じがかなりツボでして、写真を撮る時に自分自身がたまにやっている、ハイキーなのに描写はシャープ、白黒というよりグレーとホワイトで構成された柔和な雰囲気とのアンバランスな調和がもの凄く好きなんですよね。
作品自体の持つ柔らかい雰囲気もあってか、とにかく相性が良く、モノクロ映画を観ているのとはまた違った良さがある気がするんですよね。
そのモノクロにした理由も聞けば納得で、監督自身が述べていた「物語に寓話性を持たせたかった」といのこと。
日常を描いているはずなのにどこかファンタジックな雰囲気を醸し出しているのはこのモノクロの効果なのかもしれません。
ロバートフランクの『The Americans』という写真集を見ているような気もしていて、その意味で言うとアメリカという国そのものの捉え方であるとか、ドキュメンタリーチックな雰囲気もあり、それくらいのスケールで作品が成立しているような、個にフォーカスしているようでいてその問いは普遍的であるといったところも含め、非常にドラマチックな作りになっている気がします。
本作を観たかった理由が端的には二つあって、一つがホアキン・フェニックスが出ているということ。
ジョーカー以前からかなり好きな俳優さんだったんですが、ジョーカーを経てのその奇抜さと多面性に惹かれ、本作ではそのギャップある役柄をどう演じるのか、かなり興味深かったんですよね。
そして二つ目がA24制作ということ。
昨今、気になる映画といえばA24配給作品がやたら多く、最初のイメージとしてはどぎついホラー味の強い制作会社といった感じでした。
それが最近はこういったヒューマン系の作品も良いのが増えてきており、本作もそんなビジュアルから是非観たかった一本。
視聴して、まずもって感じるのがジョニーとジェシー、二人の演技が最高過ぎるということ。
ホアキンは予想通りの演技力でしたが、驚いたのがその相棒となるウディの演技力。マイク・ミルズ監督とホアキンも驚愕したというオーディションでのアドリブですが、それにより採用されたというのも納得の存在感でした。
子供的であるのに、不自然なほど大人びていて、なのに愛くるしい部分や幼稚な部分も内包しているから本当に不思議な存在になっている。
パンフレットなんかを読んでも、掲載されているコメントが大人び過ぎているなと感じていて、書かれたのが誰なのか言われなければ大人がコメントしたと思ってしまうほど。
この雰囲気と作品内のインタビューとが妙にリンクしているんですよね。作中ではジョニーが子供たちに未来についてインタビューしているんですが、それも聞けば聞くほど柔軟でポジティブに聞こえてくる。大人が捉える世界線以上に広い視野で世界を捉えていて、大人になって成長したと思いがちな自分という人間の傲慢さや小ささを痛感させられます。
それがジェシーの存在感や演技にも通底していて、作品内、物語上でのかけ橋的な役割をこなしているようにも思えて面白い。
脚本が良く練られているのもあると思うんですが、徐々に積み上げてくる幸福感や気付きみたいなものも良く構成されている。
序盤こそ綺麗な映像と、悪くはない物語といった印象から、だんだんと引き込まれ、終盤では感極まるほど気持ちが入ってしまう。
タイトルの意味に気付いた時には驚きしかなかったですし、公園でのジョニーがジェシーに「もっと感情を出してもいいんだ」的なセリフを言い、二人で大声を出し合ったシーンなんかは泣きそうになった。
日常でのちょっとした目線の変化、気付きみたいなものが豊富にある作品で、観れば観るほどグッとくるポイントが増えそうな、多幸感に満ちた作品なんじゃないでしょうか。
そーいえば、音楽の部分に関しても素晴らしくマッチしている。
単純に良い楽曲だなと思って聴いていたんですが、パンフレットを読んでいたら関わっていたのはなんとThe nationalのデスナー兄弟。
アメリカンインディを代表する彼らの楽曲がニューアメリカンクラシックになりそうな本作に合うというのは必然と言えるところかもしれません。
ちなみに以前にはThe nationalのアルバムをモチーフにマイク・ミルズ監督が短編を制作しており、そちらも素晴らしい出来なので是非。
では。