ただ茫然と余韻に浸りたい。
『パリ、テキサス』
ビム・ベンダース監督が、テキサスの荒野を放浪する男の妻子との再会と別れを、ライ・クーダーの哀愁漂う音楽に乗せて描き、1984年・第37回カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた傑作ロードムービー。
荒野をひとりさまよっていた男が、ガソリンスタンドで気絶した。記憶を失っている男の持ち物を手がかりに連絡を受けたウォルトは、男が4年前に失踪した兄トラヴィスだと確認する。
トラヴィスはテキサス州の町パリに所有する土地を目指していた。徐々に記憶を取り戻したトラヴィスは、4年ぶりに再会した幼い息子とともに、妻を探す旅に出る。
主人公トラヴィスをハリー・ディーン・スタントン、妻をナスターシャ・キンスキーがそれぞれ好演。俳優サム・シェパードと「ブレスレス」のL・M・キット・カーソンが脚本を手がけた。
なぜもっと前に観なかったのか、知ってはいたし興味もあったのに。そんな映画は死ぬほどあると思うんですが、それが生涯ベスト級に食い込むとは。それくらい観て良かったし、今の自分の感覚とシンクロした。
パリ、テキサスと聞けばフランスのパリと、アメリカのテキサスをイメージするかと思う。ただ実際に出てくるのはテキサス州のパリスであって、フランスのそれでは無い。その辺の設定も絶妙に捻りが効いていて、どことなく良い。
冒頭から、これぞテキサスといった荒涼とした砂漠に始まり、今ではスタイルアイコンにすらなっているキャップにセットアップといういで立ちでハリー・ディーン・スタントン演じるトラヴィスが登場する。
なんでかわからないけど、タイミングは重なるもので、最近この手の着こなしも好きだったところで、チグハグに見えるのに意外にハマるコーデが中々にこなれた感じで今の気分。
そこから始まる物語の展開はというと、一言もしゃべらないし目的も不明過ぎる。
風景も変わらないような荒野が続いていくんだけど、それはそれで観れてしまうから不思議な魅力がある。
本作の魅力は『その何となく観れてしまう心地良さ』と『人生の縮図』だと思っていて、前者は冒頭からそうだし、その後もズバリアメリカといった風景や西部劇的な映えある映像が続いていく。
その西部劇的な潔さや美徳に溢れているところも面白い構造で、映画自体にもアメリカを開拓するようなニューアメリカン要素が詰まっている。
公開当時80年代前半ということを考えると、ロードムービーをこういったテイストに仕上げたのも素晴らしいと思うし、まさに西部開拓史的、らしさもありつつ構造的なそれも効いている。
他愛も無いやり取りからの一転して辛辣なやり取り、酒場でのシーンもそうだし、ラストの黙って立ち去るところなんてまさにじゃないですか。シーン自体もいちいち凝っていて写実的。70~80年代的なトーンであったり、色使いも見事。特に彩度のある色の使い方が素晴らしくて、室内の調度品一つとってもそうだし、夕暮れの感じやネオン、身に付けているアイテムにも良く出ている。
中でもナスターシャ・キンスキー演じるジェーンが着ていたピンクのモヘアニット。2Kリマスターでの精細さを存分に感じる美しさ。かなりヤバい。ハッとする。
これはポスタービジュアルにも使われているし、印象的な衣装で、とにかく美しさが際立っていた。のぞき屋での初登場シーンの美しさといったら。
シーン自体の見せ方もあるんでしょうがとにかく印象的だった。
全体感としていえることですが、ドイツ人であるヴェンダースが描くアメリカ。故に自国では見えていない美しさに対しての機微や憧れも込みで惹きつけられる映像なのかと。その辺を存分に感じさせてくれます。
人生の縮図に関しても映像的に良く表現されていると思う。とにかく一本道、その連続性やコミュニケーションの距離感が良く表れている。
人生は誰しも一本道だし、後戻りはできない。その道にぽっかりと穴が開いてしまったトラヴィスの行動はラストまで観ると理解できてしまうから不思議なもので、これは年を取れば取るほど感じる気がしている。
なぜ同じ車で向かいたかったのか、なぜ飛行機でなく陸路だったのか、なぜ靴を磨き同じ靴を履きたかったのか、なぜ双眼鏡で道路を見ていたのか。
人生は紆余曲折あったとしても必ず一本道なわけで、その回り道と本筋をビジュアル的に提示してくれる。その抜け落ちてしまったものを取り戻すという意味で、トラヴィスの行動はシンプルだし、映像としても納得できてしまう。
ラストの解釈にしてもそうで人生振り返ることはできてもやり直しは利かない。そう考えると今を最高のものにして、先を歩もうとするトラヴィスの姿にもグッとくる。
実人生においても言えることだけど、全て丸く収まってハッピーエンド、そんなことは絶対にありえないということを考えると、一層ラストは痺れるところがあると思う。
人生は複雑で一筋縄ではいかない。だからこそ面白いのかもしれないと思ったり思わなかったり。
まあ心の名作になったのは間違いないところです。