とにかく静かで写実的。
『あの夏、いちばん静かな海。』
ある海辺の町を舞台に、聴覚障害者同士の青年と少女のひと夏の淡い恋をサーフィンを通して描く異色ラブストーリー。
企画・脚本・監督・編集は「3-4x10月」の北野武。撮影は「きんぴら」の柳島克己がそれぞれ担当。
北野映画というとバイオレンスや悪といったダークなイメージの作品が多い印象でしたが、本作はそうした類を感じさせない、綺麗な作品でした。
この作品が特に面白かったのが『現実感の無さ』。
現実に有り得ることだし、ファンタジー的な要素もない。それなのになんだか現実と乖離しているというか、ふわふわしています。
カメラワークにしても定点であったり、平行や直角であったりとその辺も実際の人間の支店にはあまり無いものなので現実感を曖昧にしているんだと思います。
メインとなる茂と貴子も喋れない役柄で、そこにも余白というか独特の間が生まれ、妙に作品に引き込まれるところもよいです。
監督自身も「ワンシーンをずっと見ていたくなるような絵画のような映画を作りたい」と言っていましたが、そうした意図はかなり伝わってくる印象でした。
サーフィンをストーリーの軸にしているのも良くて、ライフスタイルを変え得るスポーツだからこその説得力や没入感、人との繋がりみたいなものが描かれていて、映画全体のスローな雰囲気と良く合っている気がします。
観ていて一番気になったのが、聴覚障害で喋れないという世界の分からなさがすごく良く表現されているなと思っていて、悪口を言っていようが、自分に関することを言われていようが、嬉しかろうが、悲しかろうが、その本人が本当にどう思っているのかがわからない。特に負の言葉の部分について考えさせられました。
人は人を貶したり、比較したりする中で自分の優位性を見出していく。その感覚が通用しないということが人そのものの個々の本質を炙り出している気がして、現実の世界はいかに無駄な感情に左右されているものかと思った。
ラストのタイトルの出し方も秀逸で、映画全体が纏っている写実性みたいなものをシンプルな文字に昇華した、美しくも儚さが良く出ていた。
そしてやはり北野ブルーと言われるだけに、青の使い方が独特で美しい。
色々なトーンの青を挟み、それなのに物語上での使い方にある種の一貫性があるため、意味合いの強い青になってくる。青の青たる色を観た気がした。とにかく本作は美しいと言える作品に仕上がっていて、日本映画でも屈指の美しい作品だと思う。