夢と現をさまよう感じが妙に心地よい。
「一月物語」
明治三十年、奈良県十津川村。神経衰弱の気鬱を逃れ、独り山中をさまよう青年詩人・真拆は、老僧に蛇毒から救われ、山寺に逗留する。
俗世から隔絶された奇妙な時空の中で、真拆はいつしか現実と夢界の裂け目に迷い込み、運命の女と出逢った。それは己の命を賭けることでしか成就しない愛、だが、刹那に失われる運命の愛だった…。
古典的風格さえ漂う端麗な筆致で描かれた聖悲劇。
以前ゴロウデラックスに出演していて非常に興味を持っていた平野啓一郎氏。
デビュー作である日蝕を買おうと思ったのに、なぜか気になり手にした本作。読み始めてすぐに、その世界観に引き込まれました。
使われている漢字も難しいし、文体も非常に古典的で決して読みやすいとは言えない内容。さらに幻想的なストーリーときたら、読みにくい事この上ない 。それなのに何なんですかね、惹かれたんですよ。場面設定が意外に現代的で、絶妙なバランスを保っているからでしょうか。
冒頭の主人公鬱設定なんて現代の抱える大問題ですし、スピード至上主義の昨今に対しての作中のタイムレスな感覚。いつの時代も変わらない問題がある中で確実に蔓延している情報への疲弊感を感じます。
一方でその社会から離れ、旅に出て、気を癒す。その道中で悩み、思うのは夢のことのみ。情報が削がれた上で残るのは真の欲求のみということでしょうか。
自我とは、夢とは、現とは。そんな現代社会でも抱える悩みを抽象的に神話化し、文体や漢字で強制的に別世界へ誘う感覚に惹かれたのかもしれないです。
やはり今の時代にある種の強制は善だと思うので。
ということで他の平野氏作品も読んでみようと思います。