黒澤清の世界観は冒頭から漂い頭の中をじわじわと浸食されていく感覚。
「散歩する侵略者」
映画『散歩する侵略者』予告編 【HD】2017年9月9日(土)公開
カンヌ国際映画祭ある視点部門で監督賞を受賞した「岸辺の旅」の黒沢清監督が長澤まさみ、松田龍平、長谷川博己ら豪華キャストを迎え、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの人気舞台を映画化。
数日にわたって行方がわからなくなっていた夫・真治が、まるで別人のように優しくなって帰ってきたことに戸惑う妻・鳴海。それ以来、真治は毎日どこかへ散歩に出かけるようになる。
同じ頃、町で一家惨殺事件が発生し、不可解な現象が続発。取材を進めるジャーナリストの桜井は、ある事実に気づく。不穏な空気が町中を覆う中、鳴海は真治から「地球を侵略しに来た」という衝撃的な告白を受ける。長澤と松田が主人公の夫婦役で初共演し、長谷川がジャーナリスト役を演じる。
この監督が撮る作品ってどことなく不穏な空気が全編通して漂っているんですよね。それがいいんですが。
この映画はとにかく考えさせられる。何も考えずに観ていればそれはそれで終わるんですが、細部も気にして観ていると「あれっ」ってなる箇所が多すぎます。故に何回も楽しめる作品な気がしてなりません。
ストーリーとしては宇宙人に侵略される話なんですが、その方法が実に斬新。人間の概念を奪い、内部から自滅させていくという方法。これだけ聞くと何のことやらって感じなんですが、その細部が実に丁寧に描かれています。
人間が生きていくうえで自然と獲得していく概念。危険とは何か、仕事とは何か、家族とは何か、所有とは何か、愛とは何か、こうした概念が抜け落ちたとき、言語的な指針を失い、何を思うのか。
何も思わないと思うかもしれませんが、人は知らず知らずのうちに言葉を使い周りを定義付けながら生活している。その当たり前の生活を鋭く、かつ自然に抉り取るところに監督の手腕を感じます。
冒頭はエグイシーンから始まりますが、観終わる頃にはあれはあれで理解できてしまう。逆に理解できないなら何も考えないで生きていることになってしまう気がします。
難しいようでいて至極簡単な、それでいて良い回答が見出せないといったジレンマに終始戸惑い続けます。
鳴海(長澤まさみ)は夫である真治(松田龍平)が別人のようになって帰ってきて、最初は戸惑いながらも愛を再認識していくところなんか、自分にとって最大の謎でした。
人が人を好きになる時、外見を好きになるのか、内面を好きになるのか。どちらが欠けてもダメだというなら本作の二人の関係性は成り立ちません。
そういった疑問に次ぐ疑問を膨らませながら物語は進んでいきます。
配役のチョイスも素晴らしく、松田龍平は本当に宇宙人のようですし、長澤まさみの苛立った役柄もハマっています。あんな感じで長澤まさみに「やんなっちゃうなぁ」って言われるなら本望かも。
素直に笑える要素もある作品なので黒澤清作品としては取っ付き易い仕上がりになっているんじゃないでしょうか。
音楽もどこかコミカルであるのにスリリングなサントラが終始流れており、何とも言えないふわっとっとした気分にさせられます。
黒澤清の十八番である不穏さを暗示する小物使いや演出も健在ですし、頭に残るフレーズも多々あります。
とにかく細部を挙げるときりが無いので、自分で観て考えることをおススメします。
あなたが当たり前と思っている概念を失った時、どういった感情が生まれるかということを。
頭に思い浮かべて下さい。概念という概念を。
それ本当に必要ありませんか?