『善き人のためのソナタ』
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秘密警察による反体制派への監視が行われていた冷戦時代の旧・東ドイツ。秘密警察局員のビースラーは、ある日“反体制派”と目される劇作家ドライマンを監視するように命じられる。
ドライマンの家に盗聴器を仕掛けたビースラーだったが、彼の部屋から聞こえてきたピアノ曲「善き人のためのソナタ」に心を奪われてしまう……。
監督は、本作でデビューを飾った33歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。第79回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した。
現在読んでいる本の影響からドイツ関連、ホロコーストやナチスに纏わる作品が気になりだしての再鑑賞。
そもそもにして本作は生涯ベスト10にも入っているわけでして、今観てもその感覚は色褪せていない。
やはり沁みる。
静かな映像と統一の取れたコントラスト。
歴史的な背景は別として、当時のドイツのこのカラーセンスというのは今にしてもセンシティブに映る。

グレーを貴重としたようなグリーンと無彩色、木材や金属のコントラストも相まり、それらが無為に調和した世界。
戦時下は人の心を狂わすもので、ここまでの統治、抑圧、自由というものが奪われていた監視社会にゾッとすることも間々ある中、私自身にそうした恐怖を植え付けた根本は本作だったように思う。
統治するために弛まぬ努力と時間を割き、そこに労力を課すことで何を得ようとしたのか。
当時の時代背景を知ってもなお、人間の所業というのは理解しがたいものがありますが、本当に同調圧力の肥大化というのは恐ろしいもの。
当然そこには悪意の秘匿があり、それらを死守するために様々な管理、統率が成されるということは重々承知しております。
人間の欲や傲慢さが産んだ究極の形がそれと思いつつ、本作の主人公であるビースラーもまた何の疑いも無いという様子が冒頭から淡々と描かれ、その冷たく狂気じみた様が効果的に描かれていく。
統一されたカラーバランスと寒々しさが同居した画作り、その効果による統一感というのは見事なもので、序盤から作品自体の持つ構造を提示するようなグレーディング、妙な寒々しさと陰鬱さが伝わってくる。
その流れを汲んだまま、正常な価値観も持ち合わせているであろう学生達と対比させ、密偵を兼ねたやり取りに終止する様から社会の全体像を明示する。
これだけでビースラーの、当時の東ドイツという国の有り様がありありと映し出されていくという抜群の流れ。
そこから主に監視を中心とした会話劇がメインとなるわけですが、芸術というものの偉大さ、抑圧することの難しさが対比的に描かれ、それらが内包する信念の一端を鑑みることに。
芸術というものはあっても無くても同じと思う人もいることでしょう。
でも、一度その一端に触れ、琴線を刺激されてしまうともはやそれ無しでは生きていけないほど圧倒的な力を秘めている。
本作では舞台というものがその芸術装置として扱われるわけですが、この中に秘めたる信念や思い、表現というものの率直な魂がどれだけ強い効果効用をもたらすか。
芸術がテーマになっているからこそ、冒頭に書いたカラーマネジメントの細やかなこだわりも光りますし、町並み、ファッションに至る気遣いも見れば見るほど美しい。
ドライマンは登場シーンからセンスを感じせさせ、ブラウンのセットアップにグレージュのシャツをラフに纏うスタイルが様になっており、こういうイケオジになりたいと願わくば。

色合わせと着こなしのルーズさも相まって人柄もわかりますし、何より配色が良い。
衣装はガブリエレ・ビンダー。
それほど多くの作品を手掛けているようでは無いのですが、同監督の『ある画家の数奇な運命』などでも衣装を手掛け、これまたセンスが良かった。
blcrackreverse.com
特に衣装で目を引いたのが脚本家などと公園で落ち合うシーンなのですが、全員が冷戦下ということもあってのこのカラーバランスというのは承知の上、映画としてのセンスの出し方が存分に伝わってくる重ねの冥利。
ただそれっぽいものを着させてもここまで洒落感は出ないですからね。
細やかな気遣いと絶妙な配色があればこその映画的演出。
中でも右側の人物のやさぐれ感にミリタリーのアウター、ストールのようなものをラフに巻き、足元のライトなブラウンの革靴との対比が堪らない。

美術面も含め、とにかく当時の再現に映画的脚色を加えるのが上手い。担当はジルク・ビューア。これまた衣装同様、他作がほとんど無い。
それでも監視部屋の色彩であったり、ドライマンの部屋であったり、随所にセンスが滲み出る。

作品自体は至極ミニマムなわけで、故に出てくる人物は少ない本作ですが、出てくる主要な人物達の演技力が凄まじく、特にドライマンとビースラー、この二人は本当に素晴らしい。
佇まいからして共に芸術家とシュタージ然としているし、発言、なにより表情ですよ。目配せやちょっとした表情の変化などから様々な事柄を訴えかけてくる。
当時を知らずともこうした演者の表情や仕草一発で世相を垣間見ることが出来、やるせなさや喜びの才を図る事ができる。
楽曲の秀逸さというのも相まっており、美しいメロディと皮肉の同居、作中での効果含めた映像とのハーモニーが抜群に沁みる。
1. 劇中曲は「実在の作曲家」による書き下ろし
劇中でドライマンが弾くピアノ曲『善き人のためのソナタ』は、既存のクラシック曲ではありません。この映画のために、アカデミー賞作曲家ガブリエル・ヤレド(『イングリッシュ・パニッシャー』など)が書き下ろしたオリジナル楽曲です。
2. レーニンの言葉「アパッショナータ」への皮肉
ドライマンが曲を弾き終えた後、「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」という趣旨のセリフを言いますが、これはウラジーミル・レーニンの実話に基づいたエピソードへの強烈な皮肉です。
3. 指揮者イェルスカのモデルと「ブラックリスト」
ドライマンに楽譜を贈った演出家イェルスカ。彼が自殺する設定は、当時の東ドイツに実在した芸術家たちの悲劇を集約しています。
4. 音楽が「壁」を越えるメタファー
ヴィズラーは壁の向こう(屋根裏)で、ヘッドホン越しにこの曲を聴きます。
唐突な死の訪れと、終始漂う死の気配、死と瀬戸際に生きる人々の暮らしの中、それでも自分の信じる何かの為に命を賭すことが出来るという究極の選択。
自分が当時を生きていたらと思うと胸が痛むところでもあり、悩ましく思う。
描き方に誇張があるにせよ、真摯に映る現実の様というのを丁寧に描き、余白を残す。
ベルリンの壁崩壊後からの回顧を兼ねたアフターストーリーの見せ方も秀逸で、語り過ぎない演出にズドンとやられる。
人が人であるということ、誰が為に・・・、心の深層を伺うような結末の重さというのは、さも美しく儚い。それでいてかけがえの無いものがそこにあるということを改めて噛み締めずにはいられない。
では。