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『ボルダリングシューズ購入記~スポルティバ SKWAMA スクワマ編 ~』|2足目でわかった“性能と快適さ”の境界線

『ボルダリングシューズ購入記~スポルティバ SKWAMA スクワマ編 ~』

念願の2足目を購入。

むしろよく1足でやってきたなと思うほどに履き込み、さすがに穴も開いてきたのでようやくといったところ。

以前もスポルティバを履いており、何もわからない中、ショップで薦められ購入したのがこちら。

『フィナーレVS 10X』

履き心地がよく、着脱しやすいベルクロ2本締めモデルなので、クライミングシューズのキツさに慣れていないビギナーでも違和感なく履けます。

エントリーモデルのなかでは、比較的、ソールが薄く足裏感覚にも優れるので繊細なフットワークもでき、長時間履き続けても痛みが出ずらいストレートでフラットな形状なので、ジムでのトレーニングにも向きます。

もはや販売終了となっており、本当に世話になった。と同時に39ハーフとサイズも攻め過ぎを購入し、死ぬほどの思いでしたが、それも今は良き思いでに。

 

Amazon | LA SPORTIVA(スポルティバ) フィナーレVS 10X サルファー×ブルー(SB) 37H | La Sportiva |  クライミング

ちなみにスポルティバの説明を少々。

◆スポルティバ(La Sportiva)とは?

 

La Sportiva(スポルティバ)は1928年にイタリア・ドロミテ山脈の麓で創業された老舗シューズブランド。
創業者ナルチーゾ・デラディオが手作りのブーツを作ったことから始まり、その後クライミング・登山・トレイルランニングなど幅広いアウトドア用靴を手掛けています。
クライミングシューズ分野では世界的な人気と実績を誇り、プロクライマーから初心者まで幅広く支持されています。

 

◆スポルティバの特徴


・ 高いパフォーマンスとフィット感

スポルティバのクライミングシューズは、精密なフィット感・高いグリップ性能・耐久性が評価されています。
多くのプロや上級者が厳しいルートやボルダーで愛用しています。

・ 幅広いモデル展開

初心者向けの快適モデルから、競技用・フリースタイル用まで幅広く、目的に合ったシューズが見つかります。

・ 進化する技術

スポルティバは業界でも革新的なモデルを作ってきた歴史があり、たとえば

世界初の市販クライミングスリッパ

「ノーエッジ」ソール

高テンションラウンド構造 など
独自技術を多数持っています。

そして次に購入するのを考えた際、別のブランドも検討し、試し履きもしたのですが、結局フィーリングと試し履きで決めたのがこちら。

『SKWAMA スクワマ』

ラ・スポルティバ スクワマ Purple/Yellow【店頭受取ポイントUP商品】ポイント700Pプレゼント-BaseCamp OnlineShop

様々なホールドを捉える革新的なソール形状

高い足技を持つクライマーは、ホールドを足で掴むように登るため、スクワマのソールに入った三角のスリットはつま先の自由度を高めてホールドをキャッチしやすい構造に。

また、柔軟性の高さからスメアリングにも適しており、ハリボテにベタっと足を置いても安定し様々なフットワークに対応する。踵部には「Sヒール」を搭載したハイパフォーマンスモデル。

形状もですが、カラーリングがとにかく好み。

旧来のカラーリングであるイエロー&ブラックもあったのですが、迷わずこちらをチョイス。

何より足形が合っていたんですよね。

ランニングシューズもそうですが、こうしたスポーツ系のシューズはフィッティングが重要だなと改めて思わされました。

そこまで気にしていたところでは無かったものの、一緒に始めた友人にも言われ、良く行くショップでも言われ、結果的に試し履きは必須だなと。

そんなスクワマの特徴は

・ アグレッシブで柔軟なシェイプ

強い**ダウントゥ(つま先が内側に曲がった形)**で、傾斜の強い壁やオーバーハングでパワフルに足を使えます。

柔らかいソールとフレキシブル構造で**スメアリング(摩擦を使った立ち込み)**が得意です。

 

・「S-Heel(エスヒール)」テクノロジー

ヒール(踵)部分に特許技術「S-Heel」を採用。
これはヒールフック時の安定性を高め、ズレを抑える構造で、フック系のムーブに強さを発揮します。

・ 高グリップラバー

Vibram® XS Grip2 ソールを採用し、高い摩擦力で足裏の感覚が向上。

トウ(つま先)部分にもラバーパッチがあり、トウフックやジャミングにも効くグリップ性能。

 

・ パフォーマンスと快適さのバランス

ソフト〜ミディアムのミッドソールと**P3(Permanent Power Platform)**により、形状を保ちながらも柔らかさがあり、快適さと性能を両立。

指先〜中足部は敏感で細かなフットワークに対応しつつ、柔らかさでスメアも得意とする「多才型」設計です。

今回は前回の経験からサイズ40を購入し、キツいがギリギリ耐えれるレベル。以前の39ハーフは良くクライミングに慣れてなかったのに履けたなと思ってしまうほどに攻めていた。

聞くと時代の流れもあるとのことでしたが。今はそこまで攻めずとも大丈夫とのこと。

二足併用しつつ、靴による助けも借りられるようになればと思っております。

では。

『アフター・ザ・ハント』レビュー|時間と共に歪む真実、知的論理パズルとしての傑作

『アフター・ザ・ハント』

ポスター画像


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「君の名前で僕を呼んで」「チャレンジャーズ」のルカ・グァダニーノ監督が、主演にジュリア・ロバーツを迎えて描いた心理スリラー。

アルマは名門大学の哲学教授として多忙な日々を送りながら、精神科医の夫フレデリックと2人で暮らしている。ある日、アルマの同僚で友人でもある助教授ハンクが、アルマを慕う優秀な学生マギーから告発される。助けを求めるマギーと無実を訴えるハンクとの間で板挟みになるアルマだったが、やがてアルマ自身の過去の暗い秘密が明るみに出そうになり、人生とキャリアの岐路に立たされる。

主人公アルマをジュリア・ロバーツ、告発される同僚ハンクを「アメイジング・スパイダーマン」シリーズのアンドリュー・ガーフィールド、告発する学生マギーをドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のアヨ・エデビリ、アルマの友人キム博士を「ボーイズ・ドント・クライ」のクロエ・セビニー、夫フレデリックを「君の名前で僕を呼んで」のマイケル・スタールバーグが演じた。「ソーシャル・ネットワーク」「ソウルフル・ワールド」で2度にわたりアカデミー作曲賞を受賞したトレント・レズナーとアティカス・ロスが音楽を担当。

Amazon Prime Videoで2025年11月20日から配信。

真実というものは最初から存在せず、揺蕩いの中、自然的に構築されていくものなのかもしれない。

ルカ・グァダニーノ監督による作品ながら日本での劇場公開は無し。

良質な監督であっても、作品内容、興行収入的な部分から、こういうことが増えるであろう世界線となっている現在。

複雑な哲学的やり取り、構成される内容の多様的解釈。集中して観たとしても、初見でわかることはそう多くないのではと思わされる。

それくらい知的論理パズルをやらされているような周到さ。

ただ、出てくるキャストはそれほど多くなく

・アルマ(ジュリア・ロバーツ)

・マギー(アヨ・エビデリ)

・ハンク(アンドリュー・ガーフィールド)

・フレデリック(マイケル・スタールバーグ)

・キム博士(クロエ・セヴィニー)

この面々が主な人物達。

冒頭から時の経過を知らせる時計のカチカチという音とともにアルマの行動が淡々と流れていく。

最初はなぜこの演出なのかと思いつつ、そこからタイトルが出た時の楽曲、画的な美しさに目がいく。

監督自身、ウディ・アレンからの影響を強く受けていると述べている通り、確かにアレン味の強いエレガントさを感じさせる。

ちなみに全編を通しての音楽はトレント・レズナー & アッティカス・ロスとなっており、昨年の『チャレンジャーズ』とはまた違う独特な嫌さ、スリリングさを担保しているところも注目ポイント。

前作は高揚感に似たようなスリリングさ、そして本作はキリキリと身につまされるようなスリリングさ。

共にトレント・レズナーらしさを感じさせるものの、本作ではよりインダストリアルで嫌味のあるサウンドが耳に残る。

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ルカ・グァダニーノ作品において”性”を過剰に扱っていない作品というのも稀有なところであって、それ以上に道徳や倫理といった複雑で入り組んだ問題にフォーカスを当てているというのも予想と異なるところであり、個人的には大好物な話。

年を重ねればこそ、アルマやハンクの視点が刺さり、逆にマギーの視点には疑問符が付くところも。

実際の構造としてもマギーの不可解さというのは存在するところでもあるだろうし、何より、発言、行動の所在の無さを感じさせるところに不可解な疑念が常に付きまとうことに。

それは全演者に言えることでもあって、とにかく全員の確かさがどこにあるのか、真実は本人にしかわからないという前提に立った上で、その本人が正確な物言いをしているかがそもそもわからないというのが非常に面白い観点であり、見せ方の上手さが光る。

正当なのか、捻じ曲げられたものなのか、解釈の齟齬や隠蔽が交錯し、それらが時間の経過とともに一層の真実性を失っていく。

ちなみにこう考えた時、序盤での秒針による、音の華美性にも納得がいく。時間の経過を誇張し、いっそう際立つものとして表現しているのではないだろうかと。

時の経過により、記憶の中の真実は風化したり増幅したりしていくもの。それにより真実は曲がりならない道を辿り埋没する。

哲学の授業や会話を通してのやり取りの中においてもそのような気付きが散りばめられており、フル回転で頭を使ってもどこまでその構造を認識できるのか。

常に渦中の中心にあったように思うのは”正しさ”ということの所在であり、そこから派生する”真実”や”現実”、”関係性”というものがあったように思う。

序盤でのアルマ宅でのパーティからそうした事柄は端を発しており、マギーがアルマに好意があり、そこからふとあるものを見つけてしまうという流れもまさにきっかけであり歪みへの入口。

そのことから疑念が芽生えたように見えたものの、実際にはそれ以前からアルマの身辺を探っていたようにも思えてくる。

あくまでもアルマへの好意から、何かしらの繋がりを欲していたというような理由だろうけれど、その真意も実際のところわからない。

行為としての、発言としての、振る舞いとしての、起きているところ以外は各々の想像であり、予測でしか無いのだから。

要するにマギーとアルマの境界線も、アルマとハンク、マギーとハンク、アルマとフレデリック、人間関係による線引というのも当人たちですらどこまでが本当で、どこからが偽りなのか、正確に把握することなど到底出来ない。

同様に終盤で授業の最中、生徒とアルマが言い合いになる場面での会話もそう。

哲学や道徳といった高次の学問に終始し過ぎることで、頭でっかちになり、目の前にある実際の現実が見えづらくなる。あくまでも現実をより良く理解するために哲学などの学問があるはずなのに、それらを解釈するために現実を捻じ曲げて見てしまう。

これがラストにも繋がりところで、文字通り「カット」という声が入ることで映画と現実の線引きを認識させられる。

映画だと解釈することで現実とは違うと見るのか、現実を映画と関連させて解釈するのか。

理想と事実という2つの事象をどのように捉えることが必要なのか。

曖昧なことであるのは百も承知で、手段と目的を履き違えることも間々あることでしょう。

その問いに結論を出すこと無く、鑑賞者に投げかける視点というのもまたルカ・グァダニーノ監督ならではの帰結であって、非常に余韻の残るようなエレガントな終幕。

要素としてはミニマルながら、深いところまで切り込まれ、練り込まれた作品となっており、演者の豪華さ、映像的な質感の良さが堪能できるメチャクチャ良い作品でした。

映画館で観れないのは残念でしたが、確実に観た方が良い作品ではありますので。

では。

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『アーセナルvsエバートン』支配は完璧、ゴールは遠い──アルテタの現在地

『アーセナルvsエバートン』

Arsenal are top at Christmas but history shows they cannot rest on their  laurels - The Athletic

5スビのポジショニングに救われた
34おもろいボール出すよな、ウーデは
44ギョケのこういうの増やしたい
51サリバ最高の対応だわ

49サーモンの技アリアウトサイドから
60ラヤのパント精度エグっ
64ライスの巧みな持ち込み
75ティンバー今日の絞り意識高めで良き

いまいちギアが上がらない。

ここ数試合も然ることながら、この試合でも本調子が出ていない印象。ロッカールームでのライスらによる緊急MTの成果はどこへ。

特段ここが悪かったというところわけでも無く、強いて言えばフィニッシュのところでしょうか。ただ、それも気になるほどでも無いという。

ファイナルサードでのパス成功率は81%。圧倒的に繋がっているのに一向に決まらない。

まあこの試合は不運なポストに阻まれというのが2本あったことを考えれば、時の運なのは重々承知しているのですが。

一旦スタメンを。

アフリカネーションズカップやらでエバートンはゲイェや主力級を欠く布陣だったものの、アーセナルは影響無し。

なのでスタメンも変わりなくですが、ゴールは遠かった。

ウーデとエゼの共存も気になるところで、この試合ではそれが見れるかなと期待したのですが、それを見ることも出来ず。

二人の併用は目下一番気になるところで、二人とも素晴らしいだけに、共存出来ると尚良いわけで。

とりあえずウーデが入ることでのメリットとして、縦横無尽に動き回り、自陣からのビルドアップが可能になり、中盤からの連携も右側を主戦場としてクリエイティブなプレーからの展開が期待できる。

一方、重心が後ろになりがちなので運動量が増え、手数も増えてしまう。

ラヤであったりCBからのロングパス、パントなどから、中盤飛ばしのオプションも増えてはいるものの、重くなっているのは事実。

ライスとスビが2ボラ気味で後ろに構えるのもその一つで、出来ればライスはもう一列前で見たいところ。

ドリブルでキャリーするにせよ、ボックスに侵入するにせよ、パワフルさが魅力となり、チーム全体もつられて前傾するというのも強みなわけで。

とはいえライス。フィジカルの強さからそれでも前線にも顔を出すわけですが、やはり低い位置にいるシーンが増えてしまうというのは惜しいところだなと思ってしまうわけですよ。

逆にエゼがトップ下に入る形だと下りてこない分、ハーフラインを越えての展開に期待が持てる。

トリッキーなプレーにも定評がありますし。

ウーデにもエゼにも良さがあるので別々で使用というのもありではあるんですが、どうせなら共存出来ると良いわけで。

まあいずれにせよフィニッシュでの決定力という部分では難ありでして、そこがボトルネックになってしまう。

ただ、この試合ではギョケにボールが入る機会も意図的なのか増えており、シュート数3。

背負ってのプレーやスペースに出して走り込み競い合う的なのはギョケの得意とするところだなと改めて思うシーンもありましたし、何よりウーデからの直通パスがもっと見たいと思ってしまう。

ギョケのプレースタイルとウーデのパスセンスって相性良いと思うんですよね。

まあ今回はオブライエンの謎ハンドに救われ、PKによる豪快ゴールも決めたことですし、それが自信に繋がれば良いのですが・・・。

とにかく自力での得点を期待したい。

ここ数試合、守備はさておき、フィニッシュワークに課題が残るので、これを改善出来ないと追ってくるシティから逃げるのは厳しくなるかもしれません。

なんせシティはこの時期から強いですから。

まずは糸口を。

では。

『fcFA』で心を掴まれた一着|2025/26アーセナル1st“Heart of Arsenal”購入記

行ってきました、「fcFA」。

訪れたのは秋頃。今更ながらですが備忘録として。

毎年恒例となってきたアーセナルユニ購入ですが、今年はダントツで3rd狙い・・・でした。

入荷後すぐ訪問したわけですが、結果購入したのはこちら。

レプリカというのは決めており、全て見た上で、結局1stに落ち着くという。

思った以上に実物での1stがカッコ良く、素材感、細かなディティール、雰囲気、カラーリングに風格がある。

ちなみに今回のユニのテーマは”The Heart of Arsenal”らしい。

ホームユニフォームには「アーセナルの心(Heart of Arsenal)」というテーマが込められていて、人間の心臓(=クラブの生命の源)を象徴するデザインが採用されている。

デザイン的な観点で言うと

ゴシック「A」のモチーフ
シャツ全面にはゴシック体の大きな “A” が繰り返しプリントされていて、1990–91シーズンの優勝キットに使われていたデザインのリバイバル。

このAの使い方、レトロなフォントのパターンをテクスチャ化した出来が良く、こういうデザインはそもそも好み。

3rdも全然悪かったわけではないのですが、どうしても首元のポロシャツデザインと生地の薄さが気になってしまった。

ただ、3rdも機会があれば購入もありだなと。

ちなみに2ndも試合時に観ている時はありかと思っていたのですが、実物を見ると青味が強い。思っていた以上に生地のテロっとした雰囲気もあり、思っていた感じの印象では無いという。

ということでとりあえず一番欲しい1stとなり。特に気に入った長袖をチョイス。

袖の感じやバランス感がべらぼうにカッコ良く、往年のユニの雰囲気を感じさせるところにグッときたんですよね。

選手に関しては前シーズンの個人的にMOM的な激熱選手をというコンセプトの元、今回はライス一択。

一番印象的だったCL、レアル戦でのあの2発はド儀間を抜かれました。

そして、ふと異なるフォントがあることに気付き、完全に盲点だった別フォント、クラブフォントが調子良さげ。

選手による違いはあるかと思う中、ライスは完全にクラブフォントのバランスが秀逸に見える。

詰まったフォントと対照的な背番号の大きさ、数字に穴が開いたようなディティールも良き。

そして最後がサイズ感。

私身長167cm、普通体形なのですが、長袖は少々大きめにゆるりと着たいというところがあるのでインターナショナルサイズXL(日本サイズL)サイズをチョイス。

ワンサイズ上げてのこの感じがベストチョイス。

改めてカッコ良い。

とまあ購入したのは9月でしたが、中々挙げられず。

今季はマジで優勝する可能性を秘めているので、そうなると貴重なユニになるのかもしれません。

となると3rdも欲しい。

では。

小さな町から全米へ、そして妄想へ|『エディントンへようこそ』という戯画

『エディントンへようこそ』

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「ミッドサマー」のアリ・アスター監督が「ボーはおそれている」に続いてホアキン・フェニックスを主演に迎え、コロナ禍でロックダウンされた小さな町の選挙戦が全米を巻き込む大事件へと発展していく様子を描いたスリラー映画。

2020年、アメリカ・ニューメキシコ州の小さな町エディントン。コロナ禍のロックダウンにより息苦しい隔離生活を強いられ、住民たちの不満と不安は爆発寸前に陥っていた。

そんな中、町の保安官ジョーは、IT企業誘致で町を救おうとする野心家の市長テッドとマスクの着用をめぐる小競り合いから対立し、突如として市長選に立候補する。ジョーとテッドの諍いの火は周囲へと燃え広がり、SNSはフェイクニュースと憎悪で大炎上する事態となる。

一方、ジョーの妻ルイーズはカルト集団の教祖ヴァーノンの扇動動画に心を奪われ、陰謀論にのめりこむ。疑いと論争と憤怒が渦巻き、暴力が暴力を呼び、批判と陰謀が真実を覆い尽くすなか、エディントンの町は破滅の淵へと突き進んでいく。

保安官ジョーをホアキン・フェニックス、市長テッドをペドロ・パスカル、ジョーの妻ルイーズをエマ・ストーン、カルト集団の教祖ヴァーノンをオースティン・バトラーがそれぞれ演じた。2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

アリ・アスター監督の作る作品は毎回のことながら奇想天外な展開に驚かされる。

本作も多分に漏れず、どこに連れていかれたのかわからないままに、出口すらも見えてこず。

言ってしまえば簡単な物語なのですが、その過程や展開を断片的に知らされると「どういうことなの?」となることは必至。

ただ、この作品を観ていて、ただならぬ世界に生きているなと思わされるところもあり、現代をそのまま戯画化したような世界観が広がる。

その視座はどこからくるのか。

SNSの渦中に生き、デジタルと共存、むしろ凌駕されているとも言える”デジタルパラレルワールド”への誘い。

マトリックスを観た時にはこんな時代は到来するのかと思っていたものですが、着実にその世界は近づいてきているとも言える。

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肉体が現実に存在はするものの、情報や認知という観点において、既にその浸食が始まっているとみても良いほど。

現実で操っていると思っていたテクノロジーやSNSに、実はこちらが取り込まれているということを身をもって知らされる。

まことに怖いことだなと思う反面、それが現実なのだと思うと、いったい人はどこを目指し、何を信じれば良いのか。

本作ではホアキン・フェニックス演じるジョーが主人公となり、その過程を追体験していく構成となっているわけですが徐々にその構図がズレ始める。

ジョーさえも被害者であり加害者、他の登場人物たちも同様の道を辿り、果ては誰もが妄想に取り憑かれていく。

誰しもが盲目的で観念的に行動するからこそ、ピボットとなる転回の速さも一瞬にして起こる。

旧来の右派、左派といった枠組みがその体を成さなくなってきているように、自身の思考そのものが体を成さなくなるような錯覚に陥る。

一体我々は何に動かされているんだ。

信じるものが少なかった時代から、信じるものが多様化し、知らず知らずのうちに洗脳されているような時代。

もはや自分が思っている事すらも誰かに思わされている可能性があり、だからこそ陰謀論のようなものが世界を蹂躙していく。

そういえば陰謀論と言えばこの作品が直近で印象深い。

魚豊さんらしい構成と描写。描かれる混沌としたカオスも陰謀に支配されたのは真実なのか否か。

話は逸れましたが、現トランプ政権にしろ、地政学リスクにせよ、本作の主題となっているコロナにせよ。フェイクニュース勃興の現在、何が本当で何が嘘なのか。専門家や現状を把握しているコアな立ち位置の人物以外、理解し得ないような事情により世界が混沌と動いていく。

ベルトコンベアに乗せられ、ただ景色を眺めるかのような人生という名のライド新機軸。

今までであれば、人生をどう歩むのか、周囲の目の届く範囲でしか把握する術が無かった。だからこそ程よい連帯があったものが今となっては逆に損なわれているかのよう。

そんな本作なのですが、設定がまず面白い。

このエディントンという地名からして存在しない架空の名称のようで、それもどこかにありそうな町として存在していること自体が不可思議さを醸し出す。

空白の器としての存在、その中に生きる人々、まるでツインピークスのような看板のショットから、町そのものの不安定さが表出する様も同様。

カメラの構図にしてもそうした不可思議さがあり、引きのショットが多かったり、不安定な画角が多かったり。

これにより心理的な距離や世界とのズレが画的にも見え、ぎこちないやり取りに歯がゆくも嫌な気持ちを掻き立てられる。

この町のすれ違う様、わかり合えないズレすらもアンバランスな舞台とリンクし、現実の揺らぎを再現しているかのよう。

音響もそうした下敷きを踏襲しており、環境の大きさ、基本的に鳴らないサウンド、これらが不気味に、町の異様さを際立たせ、転々と転がるようにストーリーに運ばれていく。

いつも通りアリ・アスター監督らしい仕掛けやギミックも如何なく発揮されており、その辺は抜かり無きオリジナル性。

唐突な展開、シームレスな強烈さ、ゴア描写などはまさにな展開などなど。このらしさというのは作品に唯一無二の油断出来なさを付与してますし、彼だからこその世界との向き合い方を強制的に見せられるという。

ホアキンとの相性も良く、なぜ片田舎の市長選がここまでとんでもない展開になっていってしまったのか。

容赦のない現実を見せ、それとデジタル世界を対比する。スマホやPCといったデジタルデバイスが常に登場し、それにより写し鏡的に世界と対峙するというのは本末転倒でコミカルの極み。

右も左もわからぬまま、ラストの結末を観た時にこれは何の物語だったのかと考えさせられる。

町も人も作為的に作られたものであり、幻想が全てを包み込むような世界。

これは映画の中の物語だと思っては大間違いで、それこそが本作の仕掛けた本当の意味であり、大きな仕掛けなのかもしれないと思うと、これまた嫌な悪夢を見させられているかのような気にさせられる。

世界は本当の意味で幻想と化してきている。

その事実と向き合い、真に問うているものにのみ、あるべき現実が見えてくるのかもしれない。

エディントンへようこそ。

では。

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『フードコートで、また明日。』大人になるほど沁みる“学生の無駄話”論

『フードコートで、また明日。』

TVアニメ『フードコートで、また明日。』(フドあす)公式サイト

一見優等生で深窓の令嬢、話しかけ難い雰囲気を醸し出す和田。 金髪に日焼けした肌、ギャルのような見た目で周りから怖がられる山本。

それぞれ違う学校に通い、ひとりきりで過ごす二人。 そんな二人が毎日の放課後、フードコートで出会う時だけは、お互いしか知らない表情を見せるのです。

日常風景が垣間見えるようでいてほとんど垣間見えない。

フードコートでの日常を通して見えてくる女子高生たちのほのぼのライフ。いや、ただの駄話か。

年を重ねると日々の流れが一層早く、たまにはゆったりとした日常、会話が恋しくなる時もある。

日常系というのは以前から系譜があるもので、洋画でも、邦画でも、アニメでも漫画でもそう。でも、本作と似たような作品として真っ先に浮かんでくるのは『セトウツミ』でしょうか。

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日常の他愛無い学生による会話劇。

学生時代というのは兎角時間はあるもので、それを認識するのは大人になってからという皮肉なもの。

今となってはのかけがえ無い時間を通し、一見すると無駄に感じるような時を過ごすというのが実は最高の贅沢だったと気付かされる。

金髪ギャルに優等生、タイプも性格も異なる二人による全く無駄にして、楽しめる会話諸々。

話の端々から関係のある人物も少しだけ交え、日々考える些細な悩みや考えを共有していく。

その中にも意外な真実や核心的なことが含まれているのがスパイスとして効いており、単なる駄話に気付きを得ることも。

ただ、こうした作品の本文というのはそういった気付きや学びなどというものでなく、”ただ楽しいから話している”という空気を共有することこそが重要なのでは。

それこそが至福。

どうでもいいことを話せる間柄、どうでもいいことを話せる時間、どうでもいいことを話せる場所。

ただそれがあるだけで良いんですよ。

学生の頃は世界が狭い。社会人になると世界が広がり、関係性の薄い、幅広い人たちとも普通のコミュニケーションは取れるようになる。

それにより軽薄なコミュニケーションに終始することに慣れてしまい、表面上の会話しか出来なくなってしまいがちなんですよね。

それがやるせなく、そして歯がゆい。

だからこそ、こういう異なるタイプ同士が他愛も無く盛り上がれる魅力。その”時”こそが重要で、欲してしまうというのもまた深層心理を刺激されているのでしょう。

どうでもいいことって意外に重要。忙しき日々の緩衝材として、ゆるりと楽しむのも今の気分にハマりがちです。

では。

『アーセナルvsウルブス』“決めきれなさ”は宿命か|それでも光ったサカとCKの質

『アーセナルvsウルブス』Arsenal vs Wolves LIVE: Premier League result, latest updates and reaction  after late goals seal win | The Standard

7やっぱあのスペースあるとサカは強いな
31スケリーのタメは良かったな

47地味にスビのポジションの良さが効いてるのだが
56マルティも強みは出てるのだが
74こういうプレー増えるとギョケ強い
76インカピエ良い対応
82狙いがサーモンらしい

予想以上に苦しめられ、結果オウンゴールのみという。

結果だけ見ればあれですが、その過程は非常に厳しく、決めきれないモヤモヤはあの頃のアーセナルを見ているかのよう。

まずはスタメン。

好調のマルティネッリを左に、最終ラインはあれだけいた人材が欠ける中、サリバは復帰。

これだけ押し込んだ展開ながら、本当に厳しい展開でした。

CLブルッヘ戦で意外にもビラ戦を引きずっていないのでは?と思っていたのも束の間、プレミアの強度に帰ってきてみればこの通り。

ウルブスの5バック気味での引き具合から中々切り込めず。侵入できても決めきれない。

周期的に訪れるこの”決めきれなさ”。

なぜこれが起きるのかは理解に苦しむところではあるのですが、事実としてその傾向は否めない。

この試合でもサカ、マルティネッリの両ウイングから何度もチャンスメイクし、あと一歩のところまでもしばしば。

実際シュートスタッツを見ても

枠内12/16と圧倒的に差。

相手GKによるセーブは2ということを鑑みると、単純に決めきれていないだけというのが見て取れる。

デュエルにしても全てにおいて上回り、完全に決定力の部分での苦しみを露呈する形。

そんな中、格の違いを見せたのはサカ。

一点目の直接CKからのゴールは結果的にはオウンゴールだったものの、サカのゴールと言ってもいいくらい。

そこまでもマッチアップするDFが一人しか付いておらず、その際には必ず剥がして決定機に持ち込む。

やっぱ今のサカにはダブルチームじゃないと止めれないことを証明。

ドリブル突破4/4、キーパス3というのもそれが示唆している。

二点目だってサカの完璧なピンポイントクロスからでしたし、あの時間であのキックを蹴れるという精度とスタミナ。

サカは加速度的にレベルを上げております。

ライスもですけど、CKやFKでの二人のキック精度が怖いほど高まってきていて、プレースキックにおける信頼感が半端じゃない。

あとジェズスも良さ出てましたね。

まだ試合感が戻りきっていないであろう状況の中でらしい動きや活躍は見せており、フィットネスが高まればあの頃のジェズスが帰ってくるかもしれません。

二点目のヘッドはポジション取りがあればこそのオウンゴールでしたから。

引かれた相手を崩すところまではOK。あとは理不尽な力、そして決めきるメンタリティしょうか。

ギョケもボックス内で受けての理不尽ターン、からのシュートの形は期待が持てましたし、サーモンは途中投入でも調子の良さと気の利くプレーメイクが光る。マルティネッリもあと一歩のところまでは常に行けるわけで、やはりその先が一生の課題。

ホワイトの怪我は心配ですが、最終ラインの人手不足が進み過ぎる。

次はアウェイ、エバートン戦。

着実にお願いしたい。

では。

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